Meiji.net

2023.07.05

グローバル・ノースとグローバル・サウスの狭間で揺れるメキシコ

  • Share

ピンク・タイドと現代メキシコの実相

 そして現在、メキシコは新たなフェイズに突入しています。直近のメキシコ大統領選挙ではロペス・オブラドール現大統領(2018年12月就任)が地滑り的な勝利を収め、国際メディアは「初の左派政権が誕生」と取り沙汰しました。

 オブラドール大統領は就任以来、過去 40 年間に渡って行われた新自由主義政策からの転換を公言し、従来の資源配分の歪みを是正するため、最低賃金の引上げ政策、年金制度や奨学金制度の拡充、社会福祉制度と医療保険制度の充実化などを進めてきました。

 それらは社会的弱者にセーフティーネットを提供するための政策です。この政策転換が可能となった要因には、国民の半数以上を占める貧困層を支持基盤にして大衆動員を図ったことがあげられます。

 こうした傾向は、メキシコだけではなく、ラテンアメリカ全域において2000年初頭から四半世紀の間に興隆したり、勢いを失ったり、再び勃興したりしながら交差的に起きています。いわゆるピンク・タイドと呼ばれる潮流です。

 各国でその特徴に異同はあるものの、共産主義(=レッド)まではいかない左傾化(=ピンク)という枠組みの中で、この間、様々な論者が様々な議論を展開してきました。

 いずれにせよ、メキシコについていえば、親ピンク・タイド派が評価するほど社会構造の変革は進んでおらず、環境保全、先住民の権利保護、ジェンダー、社会の暴力化などの面で深刻な問題を抱えています。

 他方で、反ピンク・タイド派によるポピュリズム(衆愚政治)という批判、あるいはバラマキを通じて国民の不平不満を懐柔しているといった見方も、全くの見当違いというわけではありませんが、あまりに一面的であり、この国の植民地主義のもとでの抵抗・革命運動や独立後の社会運動の歴史と伝統を過小評価していると思います。実際、自律的な草の根の社会運動は今も数多く生まれており、現政権に多様な要求をしています。

 私は実のところ、オブラドール政権は古典的な「左派」(あるいはピンク・タイド)の枠組みで表層的に解釈されるものではなく、むしろ「北」と「南」の間で揺れる現代メキシコを体現している政権であると考えています。そのスタンスは、貿易協定改定をめぐる一連の動きに端的に表れているでしょう。

 2018年、メキシコと米国はNAFTAを改定し、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を新たに締結しました(2020年7月発効)。この改定の背景には、当時の米トランプ政権が対メキシコ貿易赤字の増大は看過できないと見直しを迫ったという経緯がありました。

 ところが、両国の衝突は必至という予想に反して、改定交渉はスムーズに進みました。また、米国の対メキシコの財貿易赤字は2018年以降、年度によって増減はあるものの、(米トランプ政権の当初の意図に反して)むしろ増大傾向にあります。これは何を意味しているのでしょうか。

 2016年の米国大統領選挙と2018年メキシコ大統領選挙の過程で両国はいがみ合い、政治的対立が続いた一方、米国・カナダ企業はすでにUSMCAを活用することでメキシコにおける資源開発、金融、通信サービス、財の生産や輸送に関する最も効率的なアクセスを得ることができるようになっているのです。

 つまり、政治的には新自由主義批判と富の再分配を標榜して、国内の貧困層・地方(=「南」)に片足を置きつつ、経済的にはUSMCAを通じて富裕層やグローバル企業(=「北」)に重心を乗せてもいるのです。

 新自由主義政策の是非を巡って政治的二極化や社会分裂が深まる中、それと並行してメキシコは今、グローバル・サウスとグローバル・ノースの狭間で揺れている――この現代メキシコの実相は、日本人が抱きがちな先入観から脱却することなしに見えてはきません。

 さらに付け加えると、米国側から見ればUSMCA はグローバリズムというよりむしろ、カナダ・メキシコと包括的な北米同盟関係を築くための重要な国際制度として考えられてもいます。ようするに、北米域内の結びつきを強化するためのリージョナリズム(地域主義)として読み解くことも可能であり、米国によるこの二国の「囲い込み」を通じて、北米圏から中国をしめ出す狙いも透けて見えてきます。

 複雑化する現代世界において、経済・政治・社会における課題を一国で解決することは不可能です。だからこそ、他国の歴史や国民意識を単純化して分かった気になるのでなく、複雑かつ多層的だという認識のもとで包括的理解に努めることが重要だと思います。


英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい