メディアを自分なりの考えをもつきっかけに
かわいそうと思わせる報道の背景には、日本を含めた西側諸国は商業メディアであることがあります。
国営メディアとの比較でいえば、商業メディアは政府批判もしやすいことなど、報道の自由がある一方で、ニュースを買ってもらうことで成り立っているため、読者や視聴者の興味や関心を惹く内容に偏りがちです。
そういった意味で、戦争の悲惨さや、「かわいそう」を喚起する映像は買ってもらいやすく、報道量が増えることになります。
また、近年はピース・ジャーナリズムが注目されています。確かに、平和が嫌だという人はほとんどいませんから、ピースを訴えることは反対されにくく、商業的にもプラスになります。
しかし、ウクライナの人々がどんな思いで戦っているのか、ロシアがどんな思いで侵攻したのかを伝えることのないジャーナリズムでは、無責任で利己的な思いのピース論になりかねません。
私たちは、自国の歴史や価値観から世界を見て、判断しがちです。しかし、他国には他国の歴史や価値観があり、それは、私たちの考え方とは逆のようなこともあります。
国際報道の役割のひとつは、世界の多様な考え方を伝えることで、私たち自身を相対的に見る、客観的に見る視点を与えてくれることです。その意味では、このウクライナ戦争において、もっと深掘りした報道が期待されます。
また、近年、事実をただ報道するだけでなく、将来のソリューションを提示するようなコンストラクティブ・ジャーナリズムも注目されています。
しかし、ソリューションを見つけることは、ジャーナリストに限らず、だれにとっても非常に難しいことです。国際政治においては、なにが正しく、なにが解決策に繋がるのか、その正解は簡単には見つからないのです。
それは、私たちひとりひとりが自分なりに考え、判断し、声を上げたり、行動することで形になっていくことなのかもしれません。
その考えの基になる情報を提示していくことが、メディアの大きな役割になると考えます。
みなさんも、一面的な報道を鵜呑みにしないような心構えを大切にしてください。
私たちは、自分にとって都合の良い報道ばかりを選びがちです。すると、フィルターバブルに浸り、自分の考え方が絶対に正しいと勘違いするエコーチェンバーに陥りやすくなります。
常に、その報道が正しいのか疑問をもち、異なるメディアにも触れるようにしてみてください。多様な視点をもつことが、自分なりの考えや判断力を高める第一歩になると思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。