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アメリカに、キノコ雲をマスコットにする高校があるのはなぜか?

石山 徳子 石山 徳子 明治大学 政治経済学部 教授

放射能汚染の除染が進まない、先住民の暮らす地域

 1940年代、ワシントン州の東南部に、原子爆弾の製造を目的としたマンハッタン計画の拠点のひとつとなる、ハンフォード・サイトと呼ばれる核開発施設群が造られます。

 いまでは、メジャーリーグのチームであるシアトル・マリナースの本拠地でもあるシアトルや、アメリカで最も住みたい街と言われるポートランドから車で3~4時間のところですが、途中の山々を越えると景観は一変し、荒涼とした砂漠地帯になります。

 ただし、ハンフォード・サイトは、コロンビア川をはじめとした3つの川の合流地点にあり、そこは、古くから、先住民族であるワナパムやネズパース、ヤカマの人びとにとっては、狩りや漁をする生活圏であり、宗教的な儀式も行われる特別な場所でした。

 しかし、アメリカ社会における辺境で、さらに、川の水が豊富なこの場所は、秘密裏に進められる核開発施設にとっても最適な場所だったのです。実は、長崎に落とされた原子爆弾のプルトニウムは、ここで生産されたものです。

 核開発施設が稼働した初期の頃から、政府は放射能のリスクを把握していました。歴史家であるケイト・ブラウン氏の研究によれば、現場で働いていた研究者や技術者には被曝のモニタリングなどを継続的に行い、健康管理をしていたことがわかっています。

 しかし、現場の作業にあたっていた労働者については、彼らに対する健康管理はほとんど行われませんでした。危険な作業を行なっていた人たちの間には、有色人種も多く含まれていて、労働環境は人種や階級による差別の構造と、無関係ではなかったようです。

 現場や、その周辺を生活圏としていた先住民族は、軍部によって強制収用された故郷の土地そのもの、さらには、長い年月をかけて築いてきた土地との繋がりを喪失する、という経験を強いられました。背景には、人種差別構造、植民地主義、国防という大きな目的のためには多少の犠牲はやむをえないという思想があったのです。

 このような思想、そして軍事大国に根を張った社会構造は、施設を閉鎖した1980年代以降、さらに顕著になります。核開発施設がずっと放置されたままで、地域の除染も遅々として進まなかったのです。その結果、先住民をはじめとする近隣住民の間に、深刻な健康被害が広がりました。

 近年、ようやく除染作業が進んでいますが、それでも対策は十分ではなく、環境リスクは今も深刻です。

 しかし、もし、この核開発施設がシアトルやポートランドにもっと近かったら、除染はもっと速やかに行われていたかもしれません。そもそも、大きな都市の近くには、いくら国防のためとはいえ、核施設は造らなかったでしょうが。

 同じようなことが南西部のアリゾナ州、ニューメキシコ州、ユタ州にまたがる、全米最大の先住民居留地である、ナバホ・ネーションでも起こっています。

 ここにはウラン鉱山があり、大規模な発掘が行われていたのですが、1979年にウラン選鉱くずが大量流出する大事故が起きたのです。ところが、大手のメディアはこのことをほとんど取り上げませんでした。

 実は、この事故の4ヵ月前にペンシルバニア州のスリーマイル島の原子力発電所で重大な事故が起きていました。メディアはこの事故のことは大々的に報道しているのです。

 東海岸で起こった原発事故は世界中が関心を寄せるほど報道されましたが、先住民が多く暮らす内陸部の過疎地で起こった事故は注目されない、つまり可視化されず、あたかも事故などなかったかのように扱われたのです。

 さらに、その後、ウラン鉱山の除染は遅々として進まず、当然、ナバホ・ネーションの人たちに多大な健康被害が起こりました。

 アメリカは、移民と自由の国、アメリカン・ドリームが実現できる国、と言われますが、それは入植者にとってのストーリーであり、先住民族が辿ってきた苦難の歴史が、なかなかみえにくいのが現状です。つまり、国の創設と存続が、先住民の存在をなきものとして、大陸の大地は無主のものであった、という大きな誤解を前提にしているのです。アメリカの核開発は、セトラー・コロニアリズムの歴史や、同国の巨大な軍事力と密接に絡んでいます。

 こうした国のあり方、社会のあり方が、格差や差別を助長する社会構造を形成しているように思えます。

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