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「あるを尽くす」は今っぽい!? 長野の方言にみる、日本語の歴史とルーツ【ローカルことばふしぎ発見】

Meiji.net編集部 Meiji.net編集部 

同じ日本語でありながら、まるで別の国の言葉のように感じることもある地方の言葉。 地元を離れて初めて、当たり前に使ってきた言葉の不思議さを実感したという地方出身者も多いのではないでしょうか。 本連載では、そんな日本各地にまつわる「日本語」のおもしろさを、文学部・小野正弘教授が解説していきます。 第一弾となる今回は、「長野県」にまつわる言葉。長野出身でもあるライターが、普段から抱いていた素朴な疑問を聞いてみました。

実は日本各地に隠れた「ずく」の存在

――長野県民にとって、親しみのある方言に「ずく」があります。夕方の情報番組のタイトルにも入っているくらいポピュラーな方言だと思っているのですが、先生はご存知でしたか……?

小野:イメージとしては「根気」や「やる気」に近い言葉ですよね。「ずく」は古い時代の本にも載っている言葉で、長野県出身の歌人・小林一茶がさまざまな方言をまとめた『方言雑集』には「働く」という意味だと書かれています。細かいですが、ただ働くのではなく、一生懸命働くというニュアンスだと思います。

「力ずくで引っ張る」という表現がありますが、この「ずく」と同じで、語源は「尽くす」。つまり「最後まで振り絞る」というニュアンスがあるんですね。長野でよく聞く「ずくなし(ずくなす)」は、最後までやりきらずに根性のない人間だという意味で使われます。

――「ずく」は「尽くす」が語源だったんですね! 言われてみればたしかにしっくりくるかも。誰かに「ずく出して!」と言うときは、ただ「がんばって!」というよりは、もっと腹の底から気合いを入れる応援のニュアンスが強い気がしますし。

小野:方言には古い時代の言葉が残っていることが多くて、ルーツを辿ると全国の言葉や日本語の歴史ともつながっています。実はね、この「ずく」も長野で生まれた言葉ではないんですよ。

――えっ!? そうなんですか……!

小野:はい。古い時代の日本では、「上方(かみがた)」と呼ばれる京都・大阪などの関西方面が物事や言葉の中心でした。今では想像できないくらいの力や影響力を持っていたので、基本的にはこの上方で生まれた言葉が人々のクチコミによって伝播し、各地に広がっていったわけです。

その際に、言葉は上方を中心に波紋のように同心円状に広がっていきます。中心地から地理的に近い地域から順番に受け入れられていくため、上方周辺には新しい言い方が、上方から遠い地域には古い言い方が残ると考えられています。民俗学者の柳田国男は、これを「方言周圏論」と名づけました。

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小野:「ずく」も同じように、上方で生まれた言葉が少しずつ日本列島の東と西、そして北と南へと進出していき、長野に辿りついたのでしょう。そんななかで、たまたま小林一茶の耳にとまって、『方言雑集』に書き留められたと考えられます。

――ということは、「ずく」は長野以外でも使われている?

小野:そうですね。周圏的分布、つまり同心円状に広がる波紋の周辺には同じ言葉が残るので、長野だけでなく他にも「ずく」を方言として使っている地域が、全国に点在しています。たとえば青森県の津軽や、熊本県北部の方言資料には残っています。

――てっきり長野特有の方言だと思っていたので驚きました。正直、長野県民としてのアイデンティティを失ったような気持ちです……。

小野:寂しいという気持ちはわかります(笑)。でもね、ものは考えようで、日本の離れた土地で同じ言葉にアイデンティティを感じる人たちがいることに、ある意味、同志や共同体のような感覚を持てるという捉え方もあると思いませんか?

――なるほど。物理的に距離が離れていて接点はないけれど、実は同じ方言を持つ人たちが日本各地に点在していると思うと、たしかに親近感が湧くかもしれません。

小野:もしかしたらそれぞれの土地で、長野とは違う「ずく」の捉え方をしている可能性もありますから、「ずく」を使っている地域出身の人に出会えたときに聞いてみるのも面白いですよね。お互いのアイデンティティの確認にもなるかもしれない。

このように、方言は単にその土地だけの言葉というわけではなくて、さまざまな時代やその空間のネットワークの中にあってつながってきたものだと知ることは、日本人にとって大事なことなんじゃないかなと思っています。

「あるを尽くす」と気分がいい?

――先ほどのお話にあったように、言葉はもともと上方から同心円状に広がっていくものだとすると、その土地特有の方言というのは存在しないのでしょうか?

小野:そんなことは全くないです。というのも、中央からの影響で新しい言葉を受け入れる一方、それぞれの土地で独自の変化を遂げることもあるので。方言学者の東条操(とうじょうみさお)先生は、そうしたある地域だけで使われる言葉を「俚言(りげん)」と名付けました。

言葉は人々のクチコミで広がっていくと言いましたが、当時は飛行機や新幹線はありませんから、基本的な交通手段は徒歩だったわけですよね。そうすると、地形的にものすごく入り組んだ土地などは、そこから先に行き場所がないこともある。そうなると、その言葉はその土地で保存されたきり広がっていきません。

地形的な面で言うと、長野はアルプスの山々があって海にも面していないので、言葉の伝わりかたが複雑な土地ではあるんですよね。そういった点をふまえると、長野だけに残っている言葉もありえます。

――言葉の伝播に地形も関係していたとは……! そういえば、長野では飲み会の中締めの挨拶に「あるを尽くして」という言葉が使われることがあります。中高年世代の方たちにとっては馴染み深い言葉だと聞いたのですが、これはどうなんでしょうか。

小野:「目の前に並んでいる料理を残さず、きれいに食べきって宴会を締めよう」という意味で使われる言葉ですね。これは全国区ではなく、長野地域特有のものだと言われています。実は、この中の、「あるを」という語法は奈良・平安の昔から使われているんですよ。

――まさかのルーツがそんなに古いとは!

小野:そうそう。僕の専門である日本語の歴史の観点で言うと、古語の動詞「あり」の連体形「ある」が、名詞のように使われているのが面白いんですよね。

「(目の前に)ある飯を尽くして」でもなければ、「(目の前に)ある酒を尽くして」でもなく、具体的な例を挙げずに抽象的な言い方をしているのがポイントだと思います。エコロジーを感じるキャッチコピーとして非常に優秀ですね。

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――たしかに、環境問題への感度が上がっている現代にもフィットするような、良い言葉ですね。もしかして長野でこの言葉が生まれた背景には、地形的な条件で食料などの物資が入り込みづらかったのが関係している可能性も……?

小野:その可能性もあるかもしれません。今目の前にあるものにどのくらいの手間がかかっていて、どれだけ貴重であるか、想像力と実感がないと生まれない言葉ですよね。

食べ物だけでなく、それをもたらしてくれた人、そして貴重なものがここにもたらされている事実にも感謝しているように感じられて、とても素敵な言葉だと思います。

全国の「くまがわ」を探せ!

――地名や山・川の名前にも本来の読み方とは違うものや、一見不思議な漢字が当てられているものが多いと感じます。たとえば長野には「千曲川(ちくまがわ)」がありますが、「曲」を「くま」読むのは、ちょっと見慣れませんよね。どんな意味を表しているのでしょうか。

小野:「千曲川」、面白い名称ですよね。「曲(くま)」という言葉は本来、奥まった場所(隅、曲がり角)を表します。

たとえば、「なくなった物をくまなく探す」って言うでしょ? あれは「奥の奥まで、探していない場所がないように探す」という意味なんです。「目にくまができる」というのも、目の下にできる黒い部分が奥まった印象を与えるからと考えると、意味がつながってきますよね。

――へえ〜! それらの「くま」も、もともとは同じ意味から来ているんですね。

小野:はい。そうなると、千曲川は「曲(くま)」が千もあるわけだから、曲がりくねってあちこち入り組んでいる川ということになりますね。

実際に千曲川の流域図を見てみると、曲っているところも、入り組んだ場所も多いんですよ。

――川の特徴がそのまま名前に表れているというのが面白いなあ……。

小野:実は、「くまがわ」と名前のつく川は全国各地にいくつかあります。熊本の「球磨川(くまがわ)」や、福岡の「隈川(くまがわ)」福島の「阿武隈川(あぶくまがわ)」などですね。漢字は違うけれど、もしかしたら「千曲川」と「くまがわ」仲間の可能性もあります。

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小野:実際に、どの川でもかつて豪雨や台風などの自然災害で大きな被害を受けているので、なにか関係があるのかもしれません。入り組んだところが多ければ、そこに大量の水がたまる理屈ですから。全国に点在する「くまがわグループ」を探してみるのも面白いと思います。ただ、ここから先は地理学の話になるので、僕が話せるのはここまでです(笑)。

――絶妙な守備範囲の境界があるんですね(笑)。でも、そうやって名前に注目していくと、思わぬ共通点が見つかるかもしれないですね。ちなみに、地名やその漢字は誰が決めているんですか?

小野:地名に関してはまだわかっていないことも多く、所説あるので断定は難しいです。ただ、前提として一つ言えるのは、ある程度の漢字を知っていて、教養のある人でないと難しいということ。

その土地を支配する人や、通りすがりの有名な知識人など、要するに、ある種の知識人が漢字を当てていると考えられます。彼らはそこから物語を作り出す傾向があるんです。

――物語ですか?

小野:地名は、そもそも音が先にあり、その音に合わせて漢字を当てます。その漢字が、普通の意味を表している場合もあります。たとえば「千曲川」は、文字通り「千」、つまり多くの、「曲」曲り角のある川、ということで、わかりやすいですよね。
ところが、普通ではないような漢字を当てると、今度はその当てられた漢字同士の結びつきから、物語が生まれていきます。

漢字には一文字一文字、成り立ちや意味がありますから、地名に漢字を当てることで、そこから「物語」が生まれていくのです。いや、むしろ、漢字を当てることそのものが、すでに「物語」を背景に持っているのかもしれません。

たとえば栃木県にある「鬼怒川(きぬがわ)」は、もともと「毛野川(けのがわ)」だったものの、音が変わって「きぬがわ」となり、「衣川」「絹川」などという漢字も当てられていました。これを見るかぎりは、ゆったりとした布が繰り延べられたような、絹の面のような、ゆるやかなイメージですよね。ところが、明治時代頃に、「鬼怒川」という表記になったようです。

――「鬼怒川」と「衣川」、「絹川」ではずいぶん印象が違いますね。

小野:「鬼が怒った川」、一見怖いですよね。どうしてこんな漢字を当てたのかとも思います。ですが、この漢字を当てた人には、なにかの意図があったことでしょう。しかし、それを正しく伝える本や伝承がなければ、謎だけが残りますよね。これが、さっきお話しした「物語」のきっかけなのです。

土地に根付く人たちは、「この川は、鬼が怒ったようなパワーを秘めた川だから、氾濫したときのことも考えて対策を立てておく必要がある」などと戒め、それを後世に伝えてくれている、とも考えられますよね。

――なるほど……! 地名の漢字には、その土地の人の知恵と物語が込められているんですね。

小野:他にも、地名には縁起の良い「好字(こうじ)」を当てることもあります。和歌山県のあたりを「紀国(きのくに)」と呼びますが、このあたりは雨が多く森林が生い茂っていることから、もともとは「木の国」が語源だったと言われています。「紀」には、「おさめる」や「要(かなめ)」という意味があって、なにか秩序を感じさせます。これが、「好字」ということの意味です。

「どんな思惑でつけられたんだろう」とか「なぜこの漢字が当てられているんだろう」と想像してみることで、また違った視点でその土地を面白がることができると思いますよ。

まとめ

生まれ育った場所では、いわば当たり前に存在している言葉たち。

それらはその土地で突然ぽっと生まれたわけではなく、さまざまな時代のネットワークの中で変化しながらつながれてきています。このことを知るだけでも、慣れ親しんできた言葉への捉え方が変わるのではないでしょうか。

印象的だったのは、小野先生の「同じ言葉を使う人たちが存在することを知ったときに、どう感じるかが大事だと思う」という言葉。たしかに、この日本の遠く離れた土地に特定の言葉を共有する人たちがいるというのは、ある意味とてもロマンがあること。

「自分たちだけのものじゃなくて悲しい」ではなく、彼らの存在に思いを馳せ、もしどこかで出会えた暁にはいろいろ語り合ってみたいなと思いました。

取材・文:むらやまあき
イラスト:藤田マサトシ
編集:木村衣里

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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