イノベーションの鍵は「繰り返し挑戦する」過程そのものである
実際、不祥事に関するアンケート調査を見ると、企業側も不祥事への危機感や防止意識を持っていることが伺えます。それでもなお不祥事が起きるのは、組織の内部にそれを許容する、あるいは排除できない、一種の圧力が働いているからではないでしょうか。
この「経営物理」という概念は、イノベーションに関する問題にも通じます。実は、イノベーションを図れない企業が努力を怠っているかというと、必ずしもそうとは言えません。
むしろ、先行研究においては、とりわけ優れた経営成果を達成している企業(優良企業)ほど、イノベーションに失敗しやすいという衝撃的な事実が明らかにされています。このことは「イノベーションのジレンマ」とも言われ、近年の企業イノベーション研究における重大かつ重要な研究課題とされています。
もともと「イノベーション」という概念は、20世紀を代表する経済学者であるジョセフ・シュンペーターが資本主義経済のメカニズムを説くにあたって、いわゆる企業という経済主体による生産活動が資本主義経済にダイナミズムをもたらす、つまり動態化させると説明したところに依拠しています。ようするに、この考え方はもともと経済学に端を発したものです。
それを企業経営に応用するなかで、有名なのはピーター・ドラッカーが1985年に発表した『イノベーションと企業家精神』という本でしょう。本書は、簡単に言えば、(マクロな経済のみならず)企業経営においてもイノベーションを図っていかないと決して成長はできないと主張しています。
その後、経営学の世界では、いくつかの企業イノベーションに関する興味深い所論が登場します。それらはある意味で非常に明快でありながら、核心をついていると思われます。ここでは二つ紹介しましょう。
まず、ロザベス・モス・カンター(1983年)は、「企業がイノベーションを生み出すための条件整備はイノベーションをまず行うことにあり、既存のシステムの整備だけではイノベーションを生み出すことができず、既存のシステムの創造的破壊を図ることによって初めてイノベーションが実現する」と説いています。
また、奥村昭博(1986年)は、企業イノベーションを「企業がまず、その経営に革新を持ち込み、その革新を続ける過程のなかで、さまざまな学習をすることで、次第にイノベーションが遂行できる企業となる過程」と説きました。
両者に共通するのは、“イノベーションとは挑戦の連続であり、失敗を恐れずに続ける姿勢こそが求められる”という点です。例えるなら、自転車に乗れるようになるには、何度転んでも再びペダルを漕ぐしかない、ということに似ています。
とはいえ、このような挑戦を阻む要因もまた、企業文化や「経営物理」によって形成されていると思われます。物質的な構造であれば破壊は可能ですが、文化や力学といった目に見えないものを変えるのは非常に困難です。この点こそが、現代の企業経営および経営学における最重要課題の一つであると言えましょう。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
