
暮らしに欠かせない交通網やエネルギー網から、自動運転車や量子コンピュータといった科学技術まで、私たちをとりまく世界は時々刻々と変化する無数のシステムによって成り立っています。そして、それらが安定して動作し続けるために不可欠なのが、目標に向かってシステムの挙動を絶えず修正し続ける「制御」の仕組みです。さまざまな分野を横断し、縁の下の力持ちとしてモノやコトを制御する学問・制御工学について紹介します。
時間とともに変化するモノ・コトを、目的に沿って修正し続ける技術
横軸が時刻のグラフで描けるモノやコトであれば、身の回りのあらゆる対象を制御工学で扱うことができます。
たとえば振り子の場合、グラフの縦軸に揺れ角、横軸に時刻を取ることでその変化を表せます。こうしたモノやコトを動的システムと呼びます。動的システムは何も手を加えなければその性質に応じた振る舞いを続けます。これに対して人間が「振り子をすぐに止めよう」とか、反対に「もっと大きく揺らそう」といった意図を持って積極的に働きかけることを「制御」と言います。もう少し正確に言えば、制御とは「目標と実際の状態とのズレを修正し続けることで、意図したようにシステムの振る舞いを導く技術」と表現できるでしょう。
制御工学を身近に実感しやすいのは、自動車に搭載されたさまざまな運転アシスト機能です。ここでは、アクセルペダルを踏み込まなくても一定速度を維持してくれるオートクルーズ機能を例にしてみましょう。この機能がオンになっているとき、プログラムが設定速度と現在の速度の差を計算し、その差に応じて加速・減速の操作を短い周期で繰り返します。現在の速度の情報をもとに未来の速度を修正する、フィードバックと呼ばれる制御手法です。
制御工学の出発点は、18世紀、ワットによる蒸気機関の発明に遡ることができます。ワットは蒸気機関とともに、その出力を安定させるための遠心調速機という機構を発明しました。遠心調速機は回転する軸におもりを備えた機構で、おもりの位置が蒸気機関のバルブと連動しています。回転速度が一定以上に達すると、遠心力でおもりが持ち上がるとともにバルブが閉じ、反対に速度が下がるとバルブが開くことで、蒸気の出力がある程度一定に保たれるという仕組みです。調速機が発明されると、それを使っていかにシステムを安定させるかが課題になります。そこで当時の数学者たちは、調速機の挙動の解明に乗り出しました。こうして、安定性という指標のもとでシステムを数式にあらわし、数理的に制御するという現在の制御工学の根幹となる発想が生まれました。
電気の分野では、19世紀から20世紀にかけて長距離の電気通信網が発達します。長距離の通信では、一定の間隔で減衰した電気信号を増幅する必要がありますが、その際に外界からのノイズも増幅されてしまうという問題がありました。そこで20世紀初頭、技術者のブラックがノイズを打ち消すフィードバックの仕組みを発明。この技術も後に数学と結びつき、現在の電気制御技術の基盤となっています。
このように、制御工学はその時代の科学技術や人々の要請から誕生し、数学をはじめとする諸分野の知見を取り入れて発展してきました。
システムの本質が共通していれば、異なる分野でも同じ手法で制御できる
現在、制御工学が扱う対象は機械や電気にとどまりません。たとえば近年、交通渋滞が起こる仕組みについての研究が進んでいます。そうした知見から「渋滞が起こらない状態」を定義し、速度が落ちやすい上り坂に看板を立てて運転者に注意を促したり、信号のタイミングを調整したりといった手段で対策することも制御といえます。また、目に見えないミクロの世界でも制御技術が応用できることが徐々にわかってきました。私の研究室では、量子コンピュータ内の量子の状態を制御する研究に取り組んでいる学生もいます。
多種多様な対象を扱う際、共通する考え方に「安定性」と「性能」があります。「安定性」とは、速度や角度など物理的な量が時間経過とともに発散していかないようにする(ある範囲内に収まるように保つ)ことです。もう一つの「性能」は、制御の良し悪しを一つの値で表して比較できるようにすることです。これら二つを実現するため、対象ごとに最適な制御手法を選択する必要があります。
一方で、システムとしての特徴が共通していれば、一見異なるように見える対象でも同じ制御方法を適用できることがあります。これまでに扱ったことのない対象であっても、そのシステムの本質を捉えることでまったく別分野の知見と接続できるというわけです。
私たち研究者は、日々さまざまな分野の技術を再解釈して、制御工学に取り入れてきました。中でも欠かせないのが、数学や情報工学の分野で研究が進む「最適化技術」です。最適化とは、複数の動かし方の候補があるときに、最も目的に叶う動かし方がどれかを計算によって指し示すことで、目的地までの最短ルートを教えてくれる地図アプリがまさに典型です。数学的に言えば、ある関数の値を最小にする変数を求めることとも表現できます。
制御の分野では、「どのタイミングで、どの程度の力を加えれば最も効果的に対象に働きかけられるか」といった問題で最適化技術が力を発揮します。主にモノやコトの設計・開発段階で用いられており、近年は計算機の性能向上によって、高速で最適化アルゴリズムを実行しながら、リアルタイムで動作を制御するという手法も可能になりつつあります。垂直に離着陸するロケットなどは、まさにこうした手法によって非常に精密な姿勢制御を可能にしています。最適化技術が頭脳となり、実際にモノを動かす機構が手足となって、最適な制御が実現しているのです。
人の手で培われたノウハウや、未開拓の領域から新たな制御手法が生まれる
制御を考えるうえで、最適化技術のような数理だけでなく、実際にコトやモノを扱う技術者や研究者の知見も非常に重要です。よく知られているのは、製鉄における圧延技術です。
鉄は精錬された塊のままでは使えないため、用途に応じた厚さまで延ばす必要があります。従来はこの作業は技術者の経験に基づいて行われていました。融けて固まる直前の鉄の塊をローラーの間に何度も通し、往復させながら徐々に薄くしていきます。しかし、鉄の温度と厚さが変化するごとに硬さなどの鉄の性質も変化するため、一往復ごとの加減が非常に難しく、失敗すると潰れて製品になりません。技術者は過酷で危険な環境の下、色や音や手応えを手がかりに往復回数と厚さを調整していました。
その後の技術の発展により、色や音、手応えといった感覚をセンサで測定・推定し、数値化できるようになりました。さらに、圧延システムの数学的なモデルが構築され、このあたりから制御工学の方法が適用できるようになります。現在では、完全な無人化は難しいものの、ほぼ全自動で圧延できるようになっています。適切な制御目的を設定することは制御工学で最も難しいことのひとつですが、人の手で培われてきたノウハウの中にこそ、そのヒントを見出すことができるのです。
このように、まだ制御として広く知られていない方法を見つけ出し、制御工学の問題と解釈して制御方法を提案するといったところに、制御工学の学問的な奥深さがあると感じています。
長い時間をかけて学問分野の細分化が進んできた結果、「この分野で長い間未解決だった問題が、別の分野ではとっくに解決済みだった」といったこともしばしば起こります。翻って、制御工学は分野横断的な学問と言われます。工学や自然科学の諸分野との関わりはありますが、どの分野でも主役ではないからこそ、分野と分野をつなぐ架け橋としてさまざまな課題を解決できる可能性を秘めているのではないでしょうか。
一方で、世の中には人の振る舞いや社会規範といった数理では割り切れない領域も広がっています。今後は日本語の「制御」よりもやや広い意味を持つ「コントロール」という観点から、人文科学との関わりも探っていきたいと考えています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
