ホールや体育館、人が集う建物が抱える安全性の課題

スポーツ施設や体育館、展示ホールといった大規模集客施設は、災害時には避難施設・防災拠点としての役割も担います。しかし、熊本や能登半島で発生した地震では、避難所となった体育館などで構造の一部損傷や天井材の崩落といった被害が報告されるなど、その安全性は慎重に評価せざるをえないのが現状です。 この背景には、こうした施設において、災害時の安全性を考慮した設計手法が必ずしも確立されていないという課題があります。人々の安全と笑顔を守るため、大規模集客施設に用いられる「シェル・空間構造」の設計手法の開発と、設計指針の普及が急務となっています。
柱を用いずに大空間を覆う「シェル・空間構造」とは
シェル・空間構造とは、内部に柱を設けずに広大な空間を覆うための構造システムで、柱が邪魔になるようなスポーツ施設、展示ホール、学校の体育館などの屋根として広く用いられています。一方、柱と梁、床で空間が構成される一般的なビルや住宅は、ドイツ語で額縁を意味する“Rahmen”から「ラーメン構造」と呼ばれます。ラーメン構造とシェル・空間構造では、建物にかかる力を受け止める方法に大きな違いがあります。
一般的な建物では、床の上に人や物が乗ると、梁には曲がろうとする力が働きます。この力を梁が受け止めつつ、柱に伝えることで地面に逃がすのがラーメン構造の特徴です。
シェル・空間構造の場合、柱や梁の代わりに、曲面、もしくは部材を三角形に組み合わせたトラス構造を組み合わせて用います。曲面やトラス構造では、荷重は垂直ではなく斜め方向に分散されるため、部材にかかるのは曲げの力ではなく、圧縮・引っ張りの力になります。一本の鉛筆に力を加えて壊すことを想像すればわかるとおり、一般的に、モノは曲げ方向の力に弱く、圧縮・引っ張り方向の力には強くできています。シェル・空間構造はこの性質を応用して、卵の殻のように構造の表面全体に力を分散させることで荷重や衝撃を受け止めています。こうした構造によって、ラーメン構造よりも少ない部材で巨大な空間を覆うことが可能になっているのです。
シェル・空間構造の歴史は古く、古代ローマの神殿パンテオンに代表されるドーム空間をはじめ、多くの宗教建築に用いられてきました。橋梁に用いられるアーチ構造も含めれば、曲面で力を受け止める構造物の起源はさらに古い時代に遡ることができます。そして現在、同様の構造は建築物だけでなく、ビニールハウス、石油やガスなどを貯蔵するタンク、一部のシェルターなど、軽さや強靭さを求められる構造物に広く用いられています。
曲面を用いた構造は、設計の自由度が高いことも大きな特徴です。近年はコンピュータ上での構造計算が比較的容易になったこともあり、デザイン性と強度を併せ持つ独創的な建築物が次々と生み出されています。
地震時の複雑な挙動や積雪を考慮した、包括的な設計指針が求められる
シェル・空間構造は、ラーメン構造ほど建築物としての用途が多くはなく、採用される機会は一部の大規模施設に限られています。そのため、設計ノウハウが十分に蓄積されておらず、災害を想定した各種法令やガイドラインの対応も追いついていないという現状があります。
なかでも大きな課題となっているのが、地震時の揺れの挙動です。
ラーメン構造の場合、直角に交わった柱と梁が強固に接合されているため縦揺れの影響は小さく、横揺れの際は上層部が大きく揺れる「一次モード」、あるいは超高層になると上層と下層が逆方向に揺れる「二次モード」も見られますが、いずれにしても比較的わかりやすい挙動を取ります。
それに対して、シェル・空間構造は軽い部材で広い空間を覆っているため、縦揺れでも建物全体が揺れやすいという特徴があります。さらに、横揺れを受けると空間を覆う屋根全体が波打つように複雑に揺れます。このようにさまざまな揺れが重なり合うため挙動が非常に複雑になってしまいます。その結果、曲面状に組み合わされた部材が揺れにより受ける影響は場所によって異なります。また、建物ごとの微妙な形状の差によっても揺れ方はかなり異なります。
さらに、シェル・空間構造は広い面積を柱無しで支えるため、積雪の影響を大きく受けます。雪の重量をうまく分散して受け止められなければ、屋根の一部ではなく全体が一気に崩落してしまう危険もあるため、降雪地帯では設計にあたってより一層の配慮が必要となります。
こうした災害に関する研究はかなり前から行われてきたものの、「それではどのように設計すればよいのか」という問いに答えられるシェル・空間構造の教科書は長らく存在しませんでした。地震の揺れ方ひとつ取っても、その挙動を一概に説明できないことが統一的な設計法の確立を妨げる大きな要因となってきたのです。結果、一般的なビル構造の方法論を無理やり当てはめるしかないという状況が続き、現在に至っています。
こうした状況を受けて、2016年、日本建築学会シェル・空間構造運営委員会から『ラチスシェル屋根構造設計指針』が発刊されました。これは、シェル・空間構造のうち球形や円筒形など代表的な形状を対象とした設計指針をまとめたもので、業界としては大きな一歩でした。しかし、一般的な建築で多く用いられるラーメン構造を主に扱ってきた設計者にとっては難解な部分もあり、まだ十分に浸透しているとは言えないのが現状です。
委員会の主査としてこの指針の策定に中心的に関わられていたのが、私の恩師である東京工業大学(現・東京科学大学)の小河利行先生でした。発刊から10年が経過し、現在は私が主査の任を預かっています。そこで、これまでのフィードバックを踏まえより包括的な指針を策定すべく、委員会での議論を進めています。
世界に先駆けた制振技術で、人々が喜びを分かち合える空間を実現する
このような背景のもと、私の研究室では、シェル・空間構造の地震時の挙動の解明と、その揺れを低減するための設計手法の開発に取り組んでいます。
大人数が集まるホールやスポーツ施設では、地震による揺れで屋根から部材が落下すれば大惨事になりかねません。そこで私が着目しているのが、TMD(Tuned Mass Damper)という制振装置です。TMDとは、簡単に言えばバネと重りとダンパーを組み合わせた機構です。制御したい振動周期に合わせて調整した装置を取り付けることで、揺れの運動エネルギーを熱として逃がし、建物の揺れを低減します。TMDはビルや橋などの構造物の制振に広く使われていますが、シェル・空間構造は先述のように地震に対して複雑な挙動を示すため、これまで導入が難しいとされてきました。
複雑な揺れに対応するには、さまざまな方向と周期の揺れに対してひとつひとつ調整したTMDを適切な箇所に設置すればよいということになります。コンピュータでシミュレーションしたところ、TMDを適切に設置することで6~7割程度まで揺れを低減できるという結果が出ました。この数値解析の結果をもとに、実際の学校体育館を模した6~8メートルほどの試験体にTMDを設置して振動を与える実験を行い、TMDが制振装置として機能することを確認しました。
このような解析や実験を積み重ね、現在は設計事務所との共同研究という形で、建築物への実装に向けて動き出しています。これが実現すれば、シェル・空間構造の建築物にTMDを実装するおそらく世界初の例となるでしょう。
また、積雪への対応も大きなテーマです。研究室では、さまざまな形状の建物がどの程度の積雪で壊れるかを研究しており、その知見を新しい設計法の導入にも活かしたいと考えています。
まだまだ業界全体として乗り越えるべき課題の多いシェル・空間構造ですが、新しい建築物の形態の模索という点では発展の目覚ましい分野でもあります。
シェル・空間構造の設計における最近のトレンドは、単純なドーム型や円筒形ではなく、複雑に波打つような自由曲面を用いた建物です。布のように柔らかな印象を与える建築物は、見た目にも楽しく、周囲の環境にも馴染みやすいため公園や広場などで広く採用されています。

熊谷自身が技術指導に携わっている(撮影:熊谷知彦)
このように独創性と強度を兼ね備えた建築物も、近年はソフトウェアを用いて比較的容易に設計することができるようになってきていますが、最終的にその安全性や耐久性を精査するのは人間の仕事です。実際の設計にあたっては、実務を担う設計者と、シェル・空間構造を学んだ専門家がタッグを組むことが理想といえるでしょう。しかし、実際にはシェル・空間構造の専門家といえる人材はまだまだ多くはありません。設計指針を整備するとともに、理論に精通した専門家を育成することも今後の課題です。
シェル・空間構造が支える建物は、多くの人々が集い、喜びを共有するだけでなく、人生の節目となるような重要な時間を共にする場でもあります。私自身、学生の頃から音楽に親しんでおり、コンサートホールのような大空間の建築に興味を持ったことが研究の入口でした。そうした建築空間を、少しでも安全で、より良いものにしたいと考えています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
