
企業経営における失敗や不正、そしてイノベーションのジレンマ。こうした現象は偶発的なものではなく、組織内部に潜む“見えない力”によって引き起こされているのではないか。積み重ねられた経営学の知見をもとに、「経営物理」という独自の視点から企業経営の本質に迫ります。
不祥事企業の関係者は言う「よくないことだと分かっていても……」
企業経営においては、華々しい成功事例が注目される一方で、不祥事や不正に関する報道が後を絶ちません。とりわけ現代では、コンプライアンス(法令順守)やガバナンス(統治)の重要性が強調されながらも、意図的なものだけでなく、過失や無自覚による不祥事が起きている現状があります。
なかでも注目すべきは、不祥事を一度きりではなく、二度三度と繰り返す企業があるという事実です。その背景には、どのような要因があるのでしょうか。
私自身が不祥事に関与した企業の関係者に直接話を聞いたり、文献調査を進めた結果、多くの場合、当事者たちは「それが良くないことだと分かっていたが、抗うことができなかった」と語っていました。
つまり、「ダメなことだと知らなかった」「これくらいなら大丈夫だと思った」といった認識ではなく、「正しくない」と分かっていながら行動できない何らかの構造が、組織の中に存在していたのです。
たとえば、ある日本の自動車会社では、リコールにつながる顧客からの大量のクレームを長年にわたり隠蔽していました。その結果、ブレーキの不具合による事故が発生し、不祥事が発覚。社会問題にまで発展したにもかかわらず、同社はその後も隠蔽を続け、ついには死亡事故まで引き起こしました。
このような事例では、隠蔽行為が日常化してしまっている点に注目すべきです。運輸省(当時)の立入検査の際、社員が不都合な資料を意図的に隠しつつも、そのときは「隠蔽行為であるとの認識がなかった」ことが判明し、いわば、組織内での“当たり前”が倫理観を麻痺させていたのです。
こうした、しばしば「企業文化」「企業風土」などと呼ばれるものは「ここでの物事の進め方(The way we do things around here)」とも表現され、組織ごとに独自のやり方が存在し、それが常識化することで、不正であっても正当化されてしまうことがあるのです。
私は、こうした企業内での“当たり前”が、集団心理を超えて一種の物理法則のように昇華されたものを「経営物理」と独自に呼んでいます。「物理」というと、いささか仰々しい感じもしますが、水が高い所から低い所へと自然に流れ落ちるという自然の摂理のように、企業内で良くも悪くも、特定の行動を導く力学が存在すると考えられるのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
