
グローバルな経済環境の中で日本企業のプレゼンスが低下していると言われます。なぜ、日本企業のプレゼンスが低下しているのでしょうか。その要因は様々で一概には言えませんが、日本企業あるいは日本のシステムがその要因のひとつかもしれません。
「イノベーション」が生まれにくくなっている日本のシステム
1980年代、日本企業の製品などが世界市場を席巻し、Japan as Number Oneと言われました。ところが、近年では日本企業のプレゼンスが低下していると言われます。なぜ、そのような状況になったのか。要因は様々にあり、複雑に絡み合っているので難しい問題ですが、日本企業あるいは日本のシステムがその要因のひとつかもしれません。
たまに、「日本(企業)からイノベーションが生まれなくなった」とおっしゃる方もいますが、その言い方には少し語弊があると思います。日本や日本企業からは、イノベーションは生まれ続けています。ただし、それらが、現在のグローバルな市場、特に大きな市場で求められているイノベーションではない、と言う方が妥当でしょう。イノベーションは絶えず創出されているけれど、大きな市場で支配的な地位を獲れない結果として、グローバルに見ればプレゼンスが低下しているということです。
イノベーションは、「社会に価値をもたらす新しいモノゴト」であり、アイデアや知識、技術などの要素同士の新たな組み合わせから生まれます。しかし、新しい試みであるがゆえに、どの組み合わせがうまくいくか事前にはわかりません。そのため、組み合わせのパターンをいかに多く、かつ速く試せるかが、勝負の分かれ目になりえます。こうした軸で、グローバルな市場の競争が展開されるようになっています。そうした競争の型が、従来の日本企業や日本のシステムの得意とする型ではない、と言えるかもしれません。
そのような競争では、企業の境界を越えて組み合わせに使う要素を広く探索できたり、どの組み合わせを試すかを素早く決められたりする方が有利です。近年、日本では「オープン・イノベーション」が叫ばれています。それは、これまで日本企業が境界を越えず、クローズドな状態でイノベーションに取り組んできたことの裏返しでもあります。一企業内で閉じていては、組み合わせに使える要素は限られてしまいますので、先ほどのような勝負では不利になります。
また、新たなアイデアの創造性を評価する作業は、多大な認知資源を要するものです。加えて、どのアイデアを試すかを判断する意思決定者は、説明責任を果たさなければならないなどの理由から、アイデアの合理性や正確性を求めるあまり、「尖った」アイデアを過小評価してしまうという研究結果もあります。したがって、どの組み合わせを試すか、一企業内で決めていては、スピードも遅くなりますし、「安牌」に走りかねません。この点でも、上記の勝負では不利になってしまいます。
こうした問題背景から、どうにかシステムを変えていこうと、政府や企業をはじめ、さまざまな取り組みが日本では進められています。そのシステムと密接に関係する雇用慣行も変わりつつあり、人材の流動性も高まっていく見込みです。それらを考えると、日本企業がプレゼンスを取り戻す可能性もあるでしょう。
ただ、ここで忘れてはならないのは、どんなモノゴトにも、基本的にはメリットとデメリットがあるということです。したがって、日本のシステムを変えることで、従来享受できていたメリットは失われてしまいます。例えば、人が組織を移動せず、腰を据えて研究を続けるからこそ実現するタイプのイノベーションもありますが、それは、人材の流動性を高めていくことで失われてしまう可能性があります。それが本当にいいのかという問題は、産業ごとに答えが異なるかもしれませんが、考える価値はあるでしょう。
また、変えたシステムを元に戻せるかというと、そう簡単ではないという点も念頭に置いておくべきでしょう。システムでも戦略でも、何か新しい方向へ人を導く際には、新しい方向の魅力を語るだけでなく、現状を否定する必要があります。元に戻すということは、かつて否定した状態に戻ることであるため、想像するより難しいのです。それらのコストも、考えておく必要があるかもしれません。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。