イノベーションを生み出すために必要な人間くさい判断
イノベーションは、先端的な研究から生まれることがしばしばあります。そうした研究活動は、まだ解かれていない問題を解決する試みであるため、やはり失敗がつきものです。いくら能力の高い研究者が集まったチームであっても、失敗を繰り返します。では、先端的な研究にタックルし、最終的に解法を手にするチームとは、どのようなチームなのでしょう。われわれは、今この問題を考えています。
イノベーションを生むプロセス、特に先端的な研究活動は、科学的な分析や、精緻な論理や合理的判断で前進してくというのが一般的なイメージのように思います。白衣を着た研究者たちが、最新の研究機器を使って実験し、その結果を話し合って次の実験計画を立てて答えに近づいていく、という感じです。これは、とてもドライなプロセスですよね。しかし、研究開発ストーリーを綴った書籍や企業の研究者たちへのインタビューに基づくと、果たしてそれは本当の姿なのかと疑問に思います。
ルーティン・ワークであれば、なぜ失敗したのかを分析し、原因を特定することが高い精度で可能です。正解がわかっているから、それを参照点にして、何がダメだったのかを判別できるのです。しかし、ノンルーティン・ワーク、特に先端的な研究ともなると、正解がわかっていないどころか、分析に参照できる「教科書」すらないものです。だとすると、いくら能力の高い研究者たちであっても、失敗の分析には限界があるはずです。
加えて、その問題をさらに難しくするのは、チームで動くという点です。現代の科学や技術は、専門の細分化や問題の複雑化が進んだことで、もはやひとりの天才がどうにかできるものではなくなっています。そのため、チームを組んで問題にあたることが当たり前になっています。チームを組み、異なる専門性を結集することで可能になることもある一方で、チームならではの難しさもあります。そのひとつは、説得という社会的なプロセスの存在です。個人で活動する上では、自分の判断だけで行動を決められますが、チームで動くとなると、他のメンバーを説得する必要が出てきます。先端的な研究において分析に限界があるとすれば、これがかなり厄介になります。明確な論拠や客観的な証拠を示せない中で、他のメンバーを納得させなければならないからです。
では、そうした分析やチームの難しさがある中で、何がチームを前進させるのか。われわれの研究チームは、他のメンバーを信じられるのかといった、非常に人間くさい要素に注目しています。教科書のない中での研究は、暗闇で宝を探すようなものです。そんな中で、確固たる証拠もないのに、ある研究メンバーが「東の方角に宝はない」と言ってきたとき、その主張を信じられるか。それが、チームの探索行動、ひいては成果に大きく影響するのではないか、ということです。
一見すると、イノベーションの実現過程で直面する技術・科学的課題は、客観的な証拠に基づく精緻な分析というドライなプロセスを経て解決されると思われがちです。しかし、その課題の性質に鑑みると、その解決過程の中で研究者たちは、しばしば主観的な判断を求められると考えられます。そこでは、仲間を信用できるかのような、とてもウェットな要素が重要な役割を果たしている可能性があります。だとすれば、単に研究能力を向上させるだけでなく、ここでもまた、「誰が何を知っているか」を把握しておくことが、重要な役割を果たすかもしれません。このあたりの議論は、目下推進中のわれわれの研究成果を見ていただければと思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。