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安全保障関連法案の審議プロセスを問う

  • 明治大学 政治経済学部 教授
  • 西川 伸一

歴代の首相が誰も手をつけてこなかった内閣法制局長官の人事に介入し、異例の抜擢を行った安倍晋三首相。これを起点として今回提出された安全保障関連法案の審議プロセスに強い危惧を抱くとともに、そうまでして集団的自衛権の行使を可能にしたい首相の「意欲」には、疑問を持ちます。

政府の憲法解釈を担ってきた内閣法制局

西川 伸一 いま国会で審議されている安全保障関連法案には、賛否様々な意見が出されています。しかし、法案の内容以前に、この法案提出に至るまでの安倍首相の政治手法には、法治国家の根幹を揺るがす由々しき問題が含まれています。
 それは、2013年8月に安倍首相が、内閣法制局の新しい長官に、従来の人事慣行を無視して自分の意中の人物を外部から任命したことにはじまります。内閣法制局とは、内閣が国会に提出する新規法案等を、憲法や既存の法律と矛盾しないか事前に審査する内閣直属の機関であり、その長官の任命権は内閣にあります。つまり実質的な任命権者は首相なのです。しかし、歴代の長官はすべて内部昇格者でした。この制度慣行は、内閣法制局がときの政権の意向に左右されずに、現行の法体系に照らして論理一貫した見解を示すことを担保してきました。歴代の内閣もその見解に従うことで、法治国家としての安定性が維持されてきたのです。つまり、憲法・法律のご意見番に対して、内閣がその長官人事に不介入であることには、合理性があったわけです。
 実際、1987年のイラン・イラク戦争中に、ときの中曽根康弘首相は、いまの安保法制の言葉でいえば「現に戦闘行為が行われている現場」ではないペルシャ湾へ、海上自衛隊の掃海艇などを派遣しようと考えました。しかし、後藤田正晴官房長官が、「憲法上はもちろん駄目ですよ」と内閣法制局の憲法解釈を踏まえて強く制止したことにより、派遣は断念されました。
 今回も、集団的自衛権の行使を可能にしたい安倍首相にとって、憲法解釈の変更を認めない内閣法制局は厄介な存在でした。そこで内閣法制局長官に、外部から自分の意向に添う人物を起用することで、内閣法制局の「思想改造」を図ったのです。その圧力に抗することができず、内閣法制局はそれまで積み重ねてきた憲法解釈を180度転換させたのです。それを受け、2014年7月、安倍首相は憲法解釈を変更する旨を閣議決定し、今年5月に新たな安全保障関連法案を国会に提出しました。そして7月には、衆院安保特別委でこの法案を強行採決し、衆院本会議でも野党欠席のなか可決させました。
 内閣法制局長官の任命を従来の慣行を無視して行うとともに、憲法学者の多くが憲法違反と唱えても意に介さないまま、法案の審議を「粛々と」進め、ヤジすら飛ばす安倍首相の姿勢には危うさを感じます。それは、政権幹部の間からもれる「法的安定性は関係ない」といった旨の発言にも現れています。憲法や制度慣行をないがしろにしても、自分たちの思いどおりに事が運べると過信しているのです。安倍政権の暴走は、法治国家のプラットフォームを突き崩そうとしているといっても過言ではありません。

矛盾している「自国を守るための集団的自衛権」

西川 伸一 それでも、安倍首相が集団的自衛権行使を可能にしたいのはなぜなのか。国会での安倍首相や閣僚の答弁を聞いていても、その理由の説明には納得がいきません。
 日本が他国から攻められた場合、自衛隊が実力を行使する、つまり個別的自衛権の行使は違憲ではないことを歴代の内閣は確認し、受け継いできました。それに対して、集団的自衛権とは、ある国が武力攻撃を受けた場合、攻撃を受けていない第三国が当該国と協力して防衛にあたる、国連憲章に定められた権利です。安倍首相は集団的自衛権の行使を可能にすることで、日本はますます安全になると強調しています。ですが、集団的自衛権の行使は、日本が攻められていないのに、武力を行使することを意味します。それでなぜ「日本はますます安全になる」のでしょう。集団的自衛権の行使とは、いわば「他衛」のための武力行使です。これは、憲法9条をはじめとする日本国憲法の条文から認められないとするのが、従来の日本政府の立場でした。
 にもかかわらず安倍政権は、これを限定的とはいえ行使可能にする閣議決定を行い、それに基づく法律をつくろうとしています。「限定的」ですから、一定の要件を満たさなければ行使できません。その第一要件とされているのが、「存立危機事態」です。「密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態を指します。しかし、他国が攻められただけで、日本がそこまでの深刻な危機に陥る事態が現実にあり得るでしょうか。「自国を守るための集団的自衛権の行使」という形容矛盾を説明せざるを得ない無理がよく表れています。
 つまりこの第一要件を字句どおりに読む限り、安倍首相が異様に固執するほどには、集団的自衛権が行使される場面はほとんどありえないといえます。むしろ狙いは「小さく産んで大きく育てる」。集団的自衛権の行使の制約を徐々に外していき、やがてはフルスペックの集団的自衛権を行使できるようにしたいのではないでしょうか。

日本には70年間築き上げた平和国家の信用がある

 戦後70年間、日本は武力行使を目的に自衛隊を外国領域に派遣する、いわゆる海外派兵は行ってきませんでした。しかし、それによって日本が世界から白い目で見られてきたわけではありません。むしろ、平和国家としてブランディングされています。一口に国際貢献といいますが、そこにおける軍事的貢献の割合は実はわずかに過ぎません。それ以外の分野において、日本が様々な国際貢献を行ってきたことはよく知られています。安倍首相は野党に対して、政府の安保関連法案に反対するだけでなく、「国民の命と平和な暮らしを守る」ための対案を出せと求めてもいます。法治国家として法的安定性を尊重すること、そして平和国家として歩んできた戦後70年の実績に誇りをもつこと。これらこそ、対案そのものといえるでしょう。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

西川 伸一

明治大学 政治経済学部 教授

研究分野
国家論、現代国家分析
研究テーマ
日本の裁判所行政についての実証的研究
【キーワード】司法官僚、最高裁事務総局、法務官
学位
博士(政治学)
主な著書・論文
  • 「立法の中枢 知られざる官庁・新内閣法制局」(五月書房・2002年)
  • 「官僚技官 霞が関の隠れたパワー」(五月書房・2002年)
  • 「この国の政治を変える 会計検査院の潜在力」(五月書房・2003年)
  • 「日本司法の逆説」(五月書房・2005年)
  • 「楽々政治学のススメ」(五月書房・2007年)
  • 「オーウェル「動物農場」の政治学」(ロゴス・2010年)
  • 「裁判官幹部人事の研究」(五月書房・2010年)
  • 「最高裁裁判官国民審査の実証的研究」(五月書房・2012年)
  • 「これでわかった! 内閣法制局」(五月書房・2013年)
  • 「城山三郎「官僚たちの夏」の政治学」(ロゴス・2015年)

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