
人生のターニングポイント現場に足を運ばなければ、真の姿は見えてこない
教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【44】
私のターニングポイントは、大学時代のゼミ活動で中小企業を訪ね歩いたことです。日常的には東京近郊、ゼミ合宿では地方にも足を運んでいたのですが、そこで伺うお話は、テキストに出てくる大企業のものとは違うことばかりでした。さらには手がけられているモノづくりが本当に素晴らしい。1,000分の1ミリを指先で判別して加工する職人技など、そのレベルの高さに驚いたものです。この部品は誰もが知っているあの製品に使われているといった事実を知るにつけ、中小企業がいなければ日本のものづくりは成り立たないのだと実感。そして中小企業が日本の経済を支えている大切な存在であると実感し、自分にとっては現場での見聞が教室で読むテキストよりも興味をそそられるものでした。
しかし、いざ大学に戻れば、友人たちも就職をするならやっぱり大企業だと口をそろえます。中小企業はなんだか暗く、立場が弱いとネガティブな捉え方をされている。もっと正当に評価されてもいいのではないかと、疑問を持つようにもなりました。このギャップが生まれている原因は何か。問題の根本を明らかにすれば、より良い企業社会が実現できるのではと、調査意欲が増したことを覚えています。
その後、大学院へ進み、日本中小企業学会に入ったとき、初代会長の言葉を知ったことが、私の研究方針を決定づけます。中小企業の研究は、机の上だけではできない。いかに多くの現場に足を運び、経営者と話をするかが大事であり、スタートなのだと。その思考が私の思いと合致し、肯定された気持ちになりました。
これまで多いときで年間100社を超える企業を訪ね、さまざまな経営者からお話を伺う機会を多く設けていますが、中小企業は本当に百者百様です。経営のスタイルやアイデア、持っている技術やその活用の仕方、置かれている立場や経営者の考え方など、何もかもが違います。「中小企業の異質多元性」と呼ばれるように、ある1社2社をイメージして話しても、相手はまた別の1社2社を思い浮かべるため、ディスカッションでかみ合わないことが起こりがちです。より多くの実態を見なければ、1社のコンサルティングなら可能でも、社会的な問題の解決にはつながらないでしょう。現場に足を運ぶのが最高の教科書であるというのは、中小企業の研究に限ったことではありません。何ごとにおいても、実際に足を運び、現場を知る大事さは共通するのではないでしょうか。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。