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2026.05.21

人はなぜ「借りたものは返さなければならない」と思い込んでいるのか?

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どこに生まれても状況次第で、搾取される側にも搾取する側にも回りうる

 借りたものはなぜ返さなければいけないのか。あまりにも当たり前すぎて、私たちが疑問に思ってもいなかったところが、グレーバーの研究の出発点にあり、私も非常に共感したところです。

 歴史をひもとくと、借りたものを必ずしも返さなくてもいい仕組みはいくらでもあったのです。日本だと、幕府や権力者が債務者の借金を帳消しにした「徳政令」が有名ですし、聖書には一定期間ごとに債務を帳消しにする「ジュビリー」という制度があったことも記されています。古代メソポタミアでは新王即位時に債務免除が行われており、そればかりか借金を帳消しにするために王が交代することもあったそうです。つまり人類は負債が無限に蓄積しない仕組みを持っていた。それがなぜこんなにも不正義・不平等を生むものになってしまったのでしょうか。

 第二次世界大戦後の数十年間は、生まれた国によって生活の安定度が大きく左右されるものの、先進国においては、福祉制度や経済成長によって比較的安定した生活が期待できる時代でもありました。しかし福祉国家モデルが揺らぎ始めると、それまで国家が吸収していたリスクや不平等が、個々人に直接のしかかるようになりました。こうした分断や不平等を生み出しているのは、近代社会が前提としてきた市場経済や貨幣、金融、国家財政といった制度そのものです。

 市場経済や金融の仕組みのなかで暮らしている以上、私たちは誰もが債務者にも債権者にもなりうる位置に置かれています。アフリカの債務危機にしても、サブプライムローンの問題にしても、それらは遠い国の特別な悲劇ではありません。どこに生まれても、自分が不平等を被る側にも、誰かに不平等を強いる側にもなりうるのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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