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2026.09.25

“明治大学地域産学連携研究センター”取材レポート<前編> ブタの臓器をヒトへ 論文をカタチにするベンチャーの挑戦

特集
“明治大学地域産学連携研究センター”取材レポート<前編> ブタの臓器をヒトへ 論文をカタチにするベンチャーの挑戦
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「日本は今、異種移植の夜明けを迎えようとしています」。ブタの臓器を人間へ――。明治大学地域産学連携研究センター(川崎市)には、移植医療に用いる腎臓の生産・供給体制の構築を目指すベンチャー企業があります。研究成果を論文のみにとどめず、社会実装を目指す、その最前線に迫ります。

国内初の臨床試験に向けて臓器を生産

クローン技術の研究をベースに、重症腎不全の患者を救うドナーブタの開発を進めているのが、明治大学発ベンチャー、「ポル・メド・テック」(以下ポル社)です。会社の名前は「豚(Porcine)」「医療(Medical)」「テクノロジー(Technology)」を合わせたものです。

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ポル・メド・テック社のチーフサイエンティストとして開発をリードする長嶋比呂志・研究特別教授

2026年7月、ポル社は人間の患者へ腎臓を移植する国内初の臨床試験(治験)を2028年に開始するため、遺伝子改変ブタの生産を開始したと発表しました。移植手術は北海道大病院(札幌市)と湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)の2施設で行う予定で、この治験の計画を、今年度末にも審査当局の医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出する見込みです。

移植医療には臓器が不可欠です。ポル社の役割は、拒絶反応とブタ由来ウイルスの感染リスクを最小限に抑えたドナーブタ臓器を開発し、供給体制を構築すること。腎臓の異種移植は、米国で臨床試験が先行しています。ポル社は今回、提携する米国・マサチューセッツ州のバイオベンチャー、イージェネシス社が開発した個体の細胞を輸入し、同じクオリティーのドナーブタを複製することで日本での治験の道を開きました。治験によって、安全性や有効性を確認します。

ポル社事業の中核であるドナーブタの開発を手がけるのは、チーフサイエンティストで明治大学バイオリソース研究国際インスティテュートの長嶋比呂志・研究特別教授です。長年、明治大学でブタのクローニング技術を研究してきました。今回の治験と将来の展望について、長嶋教授は「我々が既にクローン技術を持っていたことが、事業推進に役立ちました。研究成果が広く普及するためには、ブタ臓器の移植がビジネスとして成り立っていかなければなりません」と話します。

ビジネスを視野に入れる意味

重篤な腎不全に対する主な治療法は、透析と腎臓移植です。日本透析医学会の統計調査によると、2024年末現在、国内の透析患者は約33万7000人。同年に新規で透析を導入した患者は約3万6000人となっています。一方、日本移植学会のまとめでは、2023年度に行われた腎移植は2001件です。

移植に関してはドナー不足が壁となっています。腎臓は生体移植と死後移植のどちらも可能で、2025年末の移植希望者は約1万5000人。生体移植のドナーは多くの場合、親族または配偶者ですが、臓器が適合するか慎重に見極める必要があります。死者からの移植の場合、日本臓器移植ネットワークの資料によると、移植希望を登録した後の平均待機期間は約14年9カ月となっています。

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腎不全治療の実態と課題などについて語る長嶋教授

そのため、現在は透析が多数派ですが、長嶋教授は「透析の場合、通院に時間がかかるなど制約も多く、QOL(生活の質)低下も課題の一つです。潜在的な移植の需要は大きいのではないでしょうか」と分析します。

さらに「透析治療は健康保険の適用対象ではあるものの、社会全体として費用を担う必要もあり、手立てが求められています」と、社会保障の観点からも課題を指摘しました。

「治療の選択肢を増やすことと、社会保障費を抑えること。この二つの課題の解決策として、異種移植に期待が高まっているのです」

手術費用は1000万円以上と予想されますが、うまくいけば一定期間、透析をせずに済み、さらには「一生モノ」の健康な腎臓を手に入れられる可能性が高まります。

なぜブタなのか、という問い

ところで、なぜブタの臓器を移植に用いるのでしょうか。長嶋教授は「人間の臓器とサイズや構造が似ていること」「生理的機能が近いこと」「ブタからヒトへの未知の病原体感染リスクが低いこと」などを理由に挙げます。

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臓器ドナーブタはクローン胚から発生する。写真は遺伝子改変細胞の核をブタ卵子の細胞質に移植する体細胞核移植の様子(ポル社提供)

異種移植の研究は、ヒトからヒトへの同種移植と同様に古くから行われてきました。文献によると、17世紀のロシアでヒトの頭部の骨を犬の骨で修復した例があるそうです。臓器移植は、1902年にオーストリアの外科医が行った犬から犬への腎臓移植が最初の報告と言われています。

その後、動物からヒトへの臓器移植の試みが加速しましたが、チンパンジーやヒヒなど霊長類からの移植はヒト免疫不全ウイルス(HIV)など未知のウイルス感染のリスクが高いことが指摘されるようになり、動物愛護の観点からも移植の研究対象から外れていきました。

そこで、犬やヤギなどいくつかの哺乳類が候補となり、そのうちブタが先に挙げた理由で有力視されるようになりました。拒絶反応や感染症の課題がありましたが、1990年以降に遺伝子操作技術や免疫抑制剤の開発が進み、医療用の遺伝子改変ブタが製造されるようになりました。

ポル社が今回の治験で用いる遺伝子改変ブタは、免疫拒絶に関係する10種類の遺伝子の操作に加えて、ブタ内在性レトロウィルスの全遺伝子を不活化してあります。

農学部の『知』を臨床医学の応用に生かす

ブタを用いた明治大学の研究成果が医療の現場に生かされる未来は、そこまで来ています。その土台には、ポル社の創業者である長嶋教授の歩みがありました。

長嶋教授は農学部出身で、発生工学や生殖生物学が専門です。食品会社の研究所に在籍したこともありました。研究室で得た成果を畜産の技術向上や食糧増産につなげるため、初めは「早く、大きくなるブタ」の開発を目指して成長ホルモンを分泌させる遺伝子の同定や、クローン技術の研究などを手がけていました。

足元では、異種移植に向けて地殻変動が進んでいました。DNAの二重らせん構造発見を機に遺伝子に関する研究が一気に進み、ゲノム編集も可能になりました。他方、生殖技術も進展し、体外受精や体細胞クローン技術の出現がありました。

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ポル・メド・テック社の挑戦の土台には、長嶋教授の歩みがある

1999年に明治大学に赴任した長嶋教授の研究テーマは、「先端医療の発展に貢献し得る独創的な実験動物」へと移ります。農学部の研究の先に、臨床医学への応用がありました。

長嶋教授は2011年、再生医療や臓器移植などの分野において、基礎研究で培われた知見を臨床医学に橋渡しするための機関「明治大学バイオリソース研究国際インスティテュート」の設立と同時に所長に就任。人間の難病と同じ症状を再現する遺伝子改変ブタの開発や、移植に利用可能な臓器の開発を手がけました。「明治大学を代表するような研究をしたい」。そんな願いを抱き、外部資金の獲得などにも努めました。

知的財産を社会に還元

ポル社の設立は2017年。まもなく10周年を迎えます。「元々、民間企業にいたこともありますし、私自身が研究を実用につなげていくことに抵抗はありませんでした」と語る長嶋教授。会社設立には、研究費を安定的に確保したいという狙いもあったといいます。

転機は、再生医療に携わる先輩研究者との会話でした。
「研究は公的な補助金が切れると継続が難しい」と訴える長嶋教授に対し、「では、会社を作ってはどうでしょうか?」と助言したのが、iPS細胞など再生医療に通じた起業家で、後にポル社の社長となる三輪玄二郎氏でした。長嶋教授は「学術研究と、産業界との接点がそこにありました。この出会いがなければ、私の研究はここまで来られなかったかもしれません」と振り返ります。

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左:遺伝子を編集した細胞を凍結保存している装置を確認する研究、右:さまざまな機器が並ぶポル・メド・テック社の研究室

明治大学地域産学連携研究センターには、ポル社の事務所と研究室があります。研究室では遺伝子の編集など細胞レベルの研究やクローン胚の作成を行います。移植手術用のドナーブタは、特殊なフィルター(HEPAフィルター)を備えた空調システムで管理された専用の施設で飼育されます。ドナーとしての適期まで成長した個体を移植手術実施病院近くの施設まで輸送し、そこで移植用臓器を摘出します。開発から生産、管理、医療機関との提携と、社会実装のロードマップが着々と進められています。

2028年にも始まる臨床試験。長嶋教授はその成功に期待をかけてこう語りました。「我々がやろうとしていることがブタの犠牲の上に成り立っているのは事実。命を無駄にしないように、ヒトが助かる確率を上げていくことが、これからの仕事です」

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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