
2022.08.09
明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト
歴史に名を残す偉人から、カリスマ性のある著名人、その道を究めた学者まで。明治大学・教授陣に影響を与えた人物を通して、人生やビジネスに新たな視点をお届けします。
私の研究対象でもある室生犀星を挙げたいと思います。芥川龍之介や萩原朔太郎と交流が深かった作家で「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という詩の一節をご存知の方も多いのではないでしょうか。
「抒情小曲集」や「愛の詩集」などで大正期の詩壇を牽引した犀星ですが、優れた小説もたくさん残しました。中でも大学生の時に読んだ「あにいもうと」は、私が犀星研究を始めるきっかけになった作品です。
図書館で偶然手に取った1冊でしたが、言葉の迫力、言葉の持つ力に魅せられ、言葉そのものの可能性を強く認識させられました。後に山田洋次が脚本を書いて渥美清と倍賞千恵子が演じ映像化もされています。
とにかく兄と妹が喧嘩をする場面がたくさん出てくる小説で、よくもこんなに相手を口悪く罵れるな、というくらい激しい応酬が繰り広げられる。そして、そのリアリティと迫力がすごいのです。
でも、兄は妹を、妹は兄のことを心底案じていることも伝わってくるのです。なんだ、この言葉の数々は、と本当に衝撃を受けました。
当時の私は演劇にも興味があり、舞台や芝居をよく観に行っていたので、ストーリーそのものよりも、その真に迫った会話や言葉の掛け合いに魅せられたわけです。
ところで、この「あにいもうと」の冒頭と結末には川仕事の人夫頭をしている父親の姿が描かれています。兄妹の喧嘩はこの荒々しい父の場面に挟まれる形になっており、激しくやり合う兄妹も結局は父の掌の上、という印象を受ける構成になっています。
小説や文学作品を読む時は、ぜひ文脈をきちんと捉えるようにしてください。その言葉がどういう場所にあるのか、そこにあることでどういう意味を持つのかがとても重要ですから。
また、書かれていることと書かれていることの間にある、“書かれていないこと”を読む、“書かれていないこと”を考える、ということをすれば、様々な視点で、物語が楽しめるようになります。
日常生活でも目にする、耳にする情報をただ取り入れるのではなく、情報が出てきた背景や理由も考えたいですね。そうすることでもっと大きな意味や新たな側面を見出せるかもしれません。
そういう力を養うためにも、ぜひいろいろな小説や物語に触れてください。私はやはり、室生犀星をおすすめします。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。