格差問題の処方箋は日本の経済成長
経済格差が社会的課題であるという点には、多くの人が同意するでしょう。しかし、「どうやって是正するか」となると、意見は分かれます。単純に富裕層から税を徴収して困窮層に分配するだけでは、問題の根本的な解決にはならないからです。なぜ格差が生まれるのか、その背景を正確に理解する必要があります。
また、格差の実態を正しく捉えるには、現在の所得の差だけを見ていては不十分です。たとえば中高年層では所得のばらつきが大きく見えますが、これは過去の職歴や経験の違いによるもので、必ずしも不公平とは言えません。所得だけでなく資産、さらには将来の所得の見込みまで含めて、長期的な視点での分析が必要です。
私はこれまで、総務省が実施する「家計調査」や「全国家計構造調査」の個票データを用いて研究を行ってきました。マイクロデータと呼ばれる精緻なデータを活用することで、個人や世帯レベルの経済状況をより正確に把握し、格差拡大の要因を明らかにすることが可能になります。
また近年では、税務・行政データを用いた格差分析も世界的に進展しています。アメリカでは国民全員が確定申告を行うため、政府は膨大な所得データを保有しており、それを活用して長期的な所得推移や格差の変化を分析しています。
では、日本において固定化した経済格差にどう向き合うべきなのでしょうか。私の考えでは、個別の格差対策以上に重要なのは、全体としての経済成長を実現することです。
経済が成長している社会では、たとえ相対的に所得が低くても、自分の収入が徐々に増えていくため、将来に希望を持ちやすくなります。実際の調査でも、年ごとの収入のアップダウンが激しい状況よりも、年々生活水準が安定的に向上する状況がより好ましいと感じている人が多いことがわかっています。
ところが日本では、平均世帯収入のピークは1994年で、それ以降は伸び悩んでいます。多くの国では、最新のデータほど平均所得が高くなっているのが普通ですが、日本は物価も賃金も長年ほとんど上昇しておらず、経済成長が停滞しています。
いささか逆説的ではありますが、経済格差の固定を打破するには、すべての層が少しずつでも所得を伸ばしていける経済成長を目指すべきです。現在、物価上昇が社会問題として取り上げられていますが、インフレそれ自体は健全な経済活動の結果でもあります。重要なのは、物価とともに賃金も上昇し、実質的な購買力が維持されることです。
そして、経済成長の鍵を握るのは、「教育」と「イノベーション」です。すでにインフラが整っている日本では、公共事業よりも、人材の育成と新産業の創出に力を入れるべきでしょう。優れた教育によって創造性豊かな人材を育て、その人々が革新的な技術やビジネスを生み出していくのです。
アメリカがICT分野で成長を遂げたのも、シリコンバレーに世界中の優秀な人材を集め、新しいアイデアが次々と生まれる環境を整えたからです。日本でも、未来を担う若者に投資し、創造的な挑戦を支える仕組みを整備していくことが、経済格差を超えて持続的な成長を実現するために必要だと考えます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
