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数学者アラン・チューリングがパターン形成を数式化

「自己組織化」は生物学から始まったと述べましたが、この言葉が用いられるようになった1940年代以降、物理学や数学の分野でも「生命とはなにか」が盛んに議論されるようになり、やがてそれは自己組織化のメカニズムの解明へとつながっていきます。

量子力学の波動方程式や「シュレディンガーの猫」で知られるオーストリア出身の物理学者シュレディンガーは、「秩序から生まれる秩序」と「無秩序から生まれる秩序」という2つの秩序によって生命はその存在が保たれていると考えました。

「秩序から生まれる秩序」の仕組みは、その後、DNAの発見によって解明されます。一方、「無秩序から生まれる秩序」の仕組みを考えたのが、イギリスのアラン・チューリングです。

彼は、刺胞動物であるヒドラの触手に着目しました。金魚などを飼っていると、水槽に現れるのを見たことがある人も多いと思います。体長1cmほどの細い筒状をした生き物で、この筒の先端に数本の触手が生え、その触手で小さな生き物を捕獲して食べるようになります。

数学者であるチューリングは、ヒドラという生き物になにが起きているのかはわからないので、合理的なモデルを考え、触手ができるメカニズムを方程式で記述しようとします。

それを簡単に説明します。まず、触手ができる前の胴体を、同種の細胞が環状に並んだものとみなします。この細胞には外からAという物質が入ります。Aは細胞内で反応してXという物質に変化します。XはさらにYという物質に変化し、YはさらにBとなって排出されます。

Xは一連の反応を促進する物質、Yは阻害する物質で、XとYは濃度の高い細胞から隣の細胞へと拡散します。すると、この細胞の活動は周囲にどんどん拡散していくことになります。また、阻害物質Yの拡散速度はXよりも速いと仮定します。

このモデルを自らが開発したチューリング型計算機で計算したところ、触手の形成パターンが見事にシミュレートできたのです。その後、動物や魚の体に縞模様ができる過程も数式化して説明することができようになりました。今日ではこのような仕組みを反応拡散系と呼んでいます。

このようなパターン形成は時間的な変化をともなうこともあります。例えば、パターン形成のシミュレーションにおいて、ある一点を見続けていると、そこに白と黒が交互に現れるように、生成と消滅が繰り返されることがあります。それをリズムといいます。それゆえ、自己組織化は、リズムとパターンによる時空間的な構造形成であるということもできます。

リズムとパターンによる自己組織化は普遍性が高いので、市場の動向を予測したり、社会の組織の形成にも応用できるのではないかと次第に考えられるようになりました。

次回は、自己組織化の経済への応用について解説します。

#1 「自己組織化」って、なに?
#2 自己組織化は数式化できるの?
#3 自己組織化は経済に応用できる?
#4 自己組織化を会社組織に応用できる?

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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