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中国農業の変化のスピード、その活力に学ぶ – 中国各地での農村調査を通して、中国農業の構造問題を実践的に理解する。-

明治大学 農学部 食料環境政策学科 教授 池上 彰英

中国農業の変化のスピード、その活力に学ぶ

改革開放からの激変をリアルタイムで観察

 中国農業を社会経済的に研究することが専門です。中国では、急速な経済発展によって、食料需給や農村の社会構造が大きく変化し、集約的で多様な農業形態への移行が進行しています。都市と農村の格差など農民の問題も含めて多角的に検討し、中国農業の実態解明に努めています。
 そもそも私が中国の農業を本格的に研究し始めたのは30年ほど前になりますが、当時勤務していた農林水産省の研究機関において、中国農村経済に関する調査研究を担当したことがきっかけでした。そのころの中国は、鄧小平の指導体制のもと、改革開放政策が進められた時期にあたり、農業とそれを取り巻く環境にも大きな変化がありました。人民公社制度が廃止され、市場経済の導入を図った中国農業において、仮に国内の農業生産の需給バランスが大きく変動すれば、食料輸入国として日本と競合になる可能性もあります。そこで、中国の農業政策や農業構造の変化、あるいは生産の動向を正確に把握することを業務として命じられたわけです。その後、現地留学や現地勤務なども経験し、中国社会の活力や農業の急激な変化に興味を深めていきました。

現場に立つこと、フィールドワークを重視

 研究機関に勤務していた18年間には、トータルで6年あまり中国に滞在し、調査研究を行ってきました。初めての中国長期滞在は1988年でした。北京での約1年半の生活は、計画経済時代の名残が色濃くて、市場には物資が乏しく、店では客の方が頭を下げて売っていただくという状況にカルチャーショックを受けたことを記憶しています。その後、1991年から2年ほど、広州の総領事館で調査研究を行い、1998年からの3年間は、北京で日中共同研究プロジェクトの農業経済面の研究を担当しながら、全体のコーディネーターも務めました。このプロジェクトは社会経済研究を土台に、食料生産技術やその加工技術の開発をめざした総合型プロジェクト研究で、さまざまな角度から、中国の農業の実態を把握し、食料需給の安定化をめざすことが目的でした。
 今でこそ渋滞と大気汚染が深刻ですが、はじめて訪れた北京の空は、とても青く澄んでいました。その後、中国を訪れるたびにモノが増え、豊かになって、著しく経済が発展していく様子を肌で感じられたことは、貴重な経験だったと思います。

多様な視点から情報を読み解く面白さ

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山東省莱陽市の山東朝日緑源農業公司にて。池上ゼミでは毎年中国の農村でフィールド調査実習を行っている。
 研究の手法としては、現地実態調査(フィールドワーク)をもとに、中国語文献や統計資料を利用した実証研究を行っています。明治大学に赴任してからも、学生の実習を引率する場合も合わせると、年5回程度は訪中し、1カ月前後の滞在期間の中で、農家や農民専業合作社(農家の協同組合的な存在)、あるいは農業に参入した企業、さらに地方政府などを積極的に取材しています。フィールドワークを欠かさない理由は、現場で得た生の声が、推論を裏付ける重要な情報となるからです。
 中国は政治体制も日本とは異なりますし、事情を知るまでは理解が難しいのですが、現地で見聞きしたことをもとにすることで、新聞や政府から発信されている公式の統計、論文などの記述の行間を埋め、その背景を読み解くことができるようになります。
農業経済学は実証科学であり、経済学だけでなく、社会学、政治学などの知見も応用することが必要です。また、自然や土地の条件に影響されやすい農業の特質を踏まえると、農業技術に関する理解も不可欠ですし、現地の言語の習得、社会経済・政治状況に関する感度を高めておくことも重要です。多様な視点、知識をもとに、情報を収集分析し、結論づける作業が求められ、つねに知的好奇心を刺激されることが農業経済学の最大の魅力と言えるでしょう。

課題を抱える中国農業の今後

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山東省棲霞市のリンゴ仲買人。1990年代以降、付加価値の高い野菜や果樹の作付けが増えている。
 中国農業の深刻な問題のひとつは急速な高齢化です。農家の若い世代はほとんど都市部に出稼ぎに行ってしまい、農村には老人と子どもだけが残されているのが現状です。実際、現地へ実態調査に行くと、20~30代の人の姿は農村ではほとんど見かけません。そのようななかで、中国農業が今後どうやって中心的な労働力を確保するかは注目すべき点です。また、都市と農村の所得格差解消も大きな課題です。農業で高所得を得るためには、規模の拡大、組織化による収入の安定、加工技術で付加価値を上げるなど、いくつか方法がありますが、やはり中心になる働き手がいなければ、どんな策も功を奏さないでしょう。
 もう一つ注目すべき点は2012年に入って、穀物の輸入が急増していることです。中国農業は9年連続で穀物を増産しているので、輸入増加の原因は国内の供給力不足ではなく、内外価格差の拡大によるものと考えています。穀物は、政府が最低買付価格を定めるという政策がとられ、しかもその最低買付価格が毎年引き上げられているため、国際価格との逆転が起き、安い輸入品へ流れているのではないかと思われます。穀物の国際競争力の低下を招いているとするなら、中国農業の強化にはつながらない政策と言えるでしょう。
国土も人口も大きく、近隣諸国のなかでも多大な影響力を持つ中国の農業・農村の動向を正確に理解することは、今後も日本という国が存続していくために、大きな意味を持つでしょう。

日本農業との共通性、異質性

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農業に限らず、中国の動向を正確に把握することは日本の重要課題、と語る池上教授。
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農水省の研究機関に勤務していたときから、常に情報を正確に伝えることを心がけてきたと池上教授。
 日本と中国は、地理的条件をはじめ、経済発展パターンや経済構造において共通性が強く、農業も1人当たりの耕地面積がきわめて小さく、家族経営が主で、経営規模は零細という点でよく似通っています。また、経済発展にともなう農業の比較優位の低下、農業人口の高齢化、食料自給率の低下など、中国農業が直面する問題は、ここにきてますます日本と相通ずるものになっています。
 また、中国農業の発展動向を見ることで、日本農業の持つ普遍性と特殊性が明らかになることも見逃せません。国際的に見れば日本の農業の制度や政策の方が特異な例も多く、中国農業の研究を通じて、我が国の農業の問題点を浮かび上がらせることで、日本農業の今後の発展に有益な情報を提供できるのではないかとも考えています。
 農業に限る話ではありませんが、日本人が海外研究を行う際には、日本との比較という視点が不可欠であり、そうした視点が研究にリアリティと実用性を与えるのではないでしょうか。

掲載内容は2013年3月時点の情報です。

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