明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

ウィーン中央駅

青いウィーン

今日のリング通り
今日のリング通り
赤いウィーンの象徴カール・マルクス・ホーフ
赤いウィーンの象徴カール・マルクス・ホーフ
 ウィーンという都市について、どのようなイメージをお持ちでしょうか。それ自体が独自の州を形成し、オーストリアの首都としても栄える同市は、二〇一五年現在で人口約一八〇万人、市域面積およそ四一四㎢を擁します。帝政期以来の歴史的遺産も多く、華やかでメトロポリタンな印象を与える中欧の都市ですが、その歴史の裏側を覗いてみると、様々な「横顔」がみえてきます。ここでは、私が最近取り組み始めた研究テーマの一つ、「青いウィーン」について、同市の歴史を振り返りながらご紹介します。

 もともとウィーンは、中世以来長きに渡って市壁に囲まれていました。しかし、一九世紀を通じて人口、面積ともに拡大し、特に一八六〇年代に市壁の撤去とその代わりにリング通り(以下、リング)が整備され始めてからは近代都市と呼ぶにふさわしい発展を遂げました。一九世紀末にはこのリングを中心に、瀟洒なブルジョワ文化が花開きました。当時の市政を担っていたカトリック保守勢力の政治潮流を色に例えて「黒いウィーン」と呼ばれます。

 これに対し、戦間期に登場したのが社会民主党市政下の「赤いウィーン」です。上述のリングよりもさらに外側の外環道を中心に繁栄し、労働者層向けの大規模な集合住宅群が建てられるなど、社会的実験が行われました。近代都市ウィーンは、いわばリングとギュルテルという二つの環状道路を中心に拡大、発展したといえましょう。

「青いウィーン」の空間的構造
「青いウィーン」の空間的構造
 そのウィーンが、近代以来の基本的な構造を残しつつも、一九九〇年代以降、新自由主義的な構造転換を経験し、急速に変化しています。そこで私は、二〇世紀末前後のウィーンを、(新)自由主義的潮流の色に因んで「青いウィーン」と呼んでみようと思うのです。

 現在の見立てでは、「青いウィーン」とは二つの(一見)相反するダイナミズムによって特徴づけられます。一つは、「移民的背景を持つ人びと」が多く暮らす最貧民地区の出現です。これは、一九九〇年代以降、バルカン半島やアフリカから大量に流入する安価な労働力を背景に、ウィーンでも労働市場の再編が起きていることを意味します。試みに、ドイツ語を母語としない小学校児童の割合を調べてみると、最も高い区ではこの割合は実に八三%に上ります(ウィーン全体の平均は約五〇%)。実際、これらの地区を歩いてみるとスラヴ語系の言葉に時々ドイツ語が混じるような会話を頻繁に耳にします。私はこれまで、「オーストリア国民」の問題を深く検討してきましたが、その際にナチズムやドイツ語などの共通性を持つことから隣国ドイツとの関係を意識していました。しかし、今やそこに暮らす人々は実に多様で、特にウィーンは刻一刻と大きな変貌を遂げている事実を 目の当たりにして、「ウィーン人」、「オーストリア国民」などと一言では言えないのではないかと思うようになりました。

ウィーン中央駅
ウィーン中央駅
 そしてもう一つ、「青いウィーン」を特徴づけるのが、その安価な労働力によって生み出された物品を消費する富裕層の専有区域の創出です。それは、しばしば貧しい労働者層の生活圏だったところの再開発によって生じています。一例をあげれば、「赤いウィーン」の象徴だった「ギュルテル」の一角に「南駅」という駅がありました。駅それ自体の歴史は一九世紀にさかのぼりますが、もともと同駅はウィーンと「貧しい東・南部」とを結ぶ列車の発着駅だったところで、どこか寂しげな印象すら受けました。七〇年代〜八〇年代の南駅は、毎日曜日にはユーゴスラヴィアなどから来ていた出稼ぎ労働者が交流する、東の故郷の匂いのするスポットでもありました。ところが、昨今の大規模な再開発の結果、南駅は明るく斬新なデザインによって一新され、ウィーン中央駅として生まれ変わりました。このように、現代のウィーンでは、貧しい社会層と富裕な社会層とを分断する空間的なセグリゲーション(棲み分け)が起きていると考えられます。

 最貧困層の住空間と富裕層の専有地域の創出という、二方向のダイナミズムは、二一世紀ウィーンの都市空間にいかにして刻まれていくのか?そこに暮らす人々を、いつまでも近代的な思考に基づく「(非)ウィーン人」や、「(非)オーストリア人」と位置付けてしまってよいのかどうか?こんなことを考えているうちに、どうやら「青いウィーン」の歴史という樹海に迷い込んでしまったようです。さてうまく出て来られるかどうか不安ですが、宝の山(=歴史史料)を探してしばらくこの青いウィーンの森をさまよってみるつもりです。

広報誌「明治」
明治大学の教育・研究内容をはじめ、広く学術、文化、教養に関する情報を盛りだくさんに掲載した広報誌「明治」。100ページで1、4、7、10月に発行。
購読のお申し込み・お問い合わせ
広報誌「明治」ご購読のお申し込みは、こちらのページをご覧ください。
http://meidaigoods.net/SHOP/50005.html

研究最前線の関連記事

著作権法と二次創作

2017.2.23

著作権法と二次創作

  • 明治大学 法学部准教授
  • 金子 敏哉
文化運動から捉え直す

2017.2.16

文化運動から捉え直す

  • 明治大学 文学部教授
  • 竹内 栄美子
ICTでハウス栽培を支援

2017.2.9

ICTでハウス栽培を支援

  • 明治大学 農学部 農場 特任教授
  • 小沢 聖
18歳選挙権から考える

2017.2.2

18歳選挙権から考える

  • 明治大学 政治経済学部 教授
  • 井田 正道

Meiji.netとは

新聞広告連動企画

新着記事

2019.09.18

世界遺産に登録された日本の古墳には、世界に誇れる特異性がある

2019.09.11

日本企業のアジア進出は、日本人のあり方を見直すきっかけになる

2019.09.04

グローバル化による「組織パラドックス」をマネジメントするには

2019.08.28

アフリカへの協力から日本経済の将来を考える

2019.08.21

地方自治の権限の拡大によって、現代型民主主義は進化する

人気記事ランキング

1

2019.09.11

日本企業のアジア進出は、日本人のあり方を見直すきっかけになる

2

2019.04.24

子どもに会うための共同親権制度では本末転倒

3

2018.05.23

衰える結婚、止まらぬ無子化 ――このままでは日本の未来が失われる

4

2019.09.18

世界遺産に登録された日本の古墳には、世界に誇れる特異性がある

5

2019.02.20

「フェイクニュース」は「嘘ニュース」のことではない

Meiji.net注目キーワード

【注目!】連載コラム