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人はなぜ幼年時代を書くのか

※本内容は、明治大学広報誌『明治』VOL.62(2014年4月発行)に掲載されたものです。

トム・ザイトマン‐フロイト著『万歳、僕たち読んでいるんだよ! 万歳、僕たち書いているんだよ! 遊びで覚える初等学習本』(1930年)
トム・ザイトマン‐フロイト著『万歳、僕たち読んでいるんだよ! 万歳、僕たち書いているんだよ! 遊びで覚える初等学習本』(1930年)
字習い積み木箱(Photo:Andreas Praefcke)
字習い積み木箱(Photo:Andreas Praefcke)
 大人になった私たちは誰もが、かつては子どもでした。みずからの幼年時代とは、大切な思い出であれ、消してしまいたい過去であれ、「私」の歴史の一部を成すものです。私は現在、ドイツ近代文学における「子ども」の意味を問い直し、近代以降、「幼年時代」が文学のテーマとして繰り返し取り上げられている理由を明らかにしようと試みています。
 ヨーロッパで「子ども」が「子ども」として認識されたのは、18世紀後半以降、とりわけ19世紀に入ってからであるとされています。それまで、子どもは「小さな大人」、あるいは「不完全な人間」でしかなく、子ども服や子ども部屋といったものは発達していませんでした。しかし、産業革命に伴う労働形態の変化や都市文化の発達によって、居住形態や教育方法などの、子どもや家庭を取り巻く環境が変化するにつれ、子ども独自の世界に光が当てられるようになったのです。
 ドイツも19世紀初頭は激動の時代を迎えていました。フランス革命とそれに続くナポレオン戦争は、国民と国家の関係に対する人びとの意識を大きく変え、自然科学の発展は、人間をどのように捉えるべきかについて、人文科学の分野においても再考を促しました。ドイツ文学ではまさにこの時期に、子どもが大きくテーマ化されるようになります。グリム兄弟による『子どもと家庭のための童話集』(初版1812年)―いわゆる『グリム童話』―や童謡集の出版が相次ぎ、小説や詩においても、子どもが「無垢で神聖な存在」、あるいは「新しい時代の担い手」として前面に登場してきます。
 しかし、子どもという形象は、言語との関連で捉えた場合、そうしたユートピア的なイメージとは異なる像を浮かび上がらせます。すなわち、「言語をもたない存在」という像です。幼年時代という、いわば「言語をもたない生の歴史」は、非言語的なものを含むという点で、言語表現である文学においては特異なテーマだと言えるでしょう。直接言語として叙述することのできない幼年時代を、文学はどのようにして言語化しているのでしょうか。言語という観点から子どもを捉えた文学は、非言語的な側面を持つ幼年時代の記述を、非言語的な領域と言語世界との「境界」の記述として行っているように思われます。つまり、子どもを「言語を学びつつある存在」として描いているのです。
 子どもの言語獲得というテーマは、小説や詩のなかにのみ見て取れるわけではありません。ABCを学ぶための学習本も、子どもの言語獲得をテーマとする叙述の一例と見なせます。19世紀以降、実践的な言語習得を目的とする文字学習本や歌の本もさかんに出版されました。文学の周縁部分であるこうしたジャンルも、それぞれの時代の刻印を受けた幼年時代の記述として、私の研究の貴重な対象になっています。
 最後に、私が集中的に取り組んでいる作家のひとり、ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940年)の言葉を紹介したいと思います。彼は、文学・芸術批評、歴史哲学、散文、ラジオ番組原稿など、多方面にわたって執筆活動を行った、ベルリン生まれの批評家です。子どもに対して並々ならぬ関心を抱き、絵本やおもちゃの蒐集までしていた彼は、『1900年頃のベルリンの幼年時代』(1932-38年)と題する散文集のなかで、「字習い積み木箱」に対して感じる憧憬について、次のように書いています。

 この字習い積み木箱のなかに私が本当に探し求めているのは、幼年時代そのもの、すなわち、手が枠のなかに文字を押し入れて言葉になるように並べた、その手の動きのうちに横たわっていたような、幼年時代全体なのだ。手はその動きをまだ夢想できるが、目覚めてそれを実際にやることは、もはや決してできない。

 みずからの内にありながら二度と手にすることの叶わない幼年時代とは、言語化し、意味づけることによって片付けてしまうことのできない、自分の内なる謎なのかもしれません。この謎を夢想しつつ言葉として表現しようという試みが、幼年時代を書くということなのでしょう。だとすれば、その根柢にあるのは、「私」を形成しているのは「言葉」である、という認識にほかなりません。言葉を学ぶ子どもという形象は、実は、言葉を求めて模索する「文学」の営みそのものの象徴なのです。

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