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生活習慣病防御食品開発基盤研究所 – 生活習慣病のメカニズムを解明し、予防食品の開発を目指す –

明治大学 農学部 教授 早瀬 文孝

生活習慣病防御食品開発基盤研究所

※本内容は、明治大学広報誌『明治』VOL.61(2014年1月発行)に掲載されたものです。

 本研究所は「高度技術による生体内ストレスの分子基盤解析と生活習慣病防御食品の開発」という研究課題のもとに2004年4月から開始され、今年3月まで10年間に亘り研究を継続しています。研究組織は現時点で農学部教員8名と昭和学院短期大学の臼井照幸農学部客員研究員の計9名が共同研究を行っています。

1.研究の目的

 質・量ともに十分な食料を安定的に確保し、食を通じて人の健康を維持していくことは、農学に課せられた21世紀の重要課題です。また、予防医療の重要性が認識される中で食品の生体調節成分による疾病予防・健康維持機能の解明に関心が集まっています。本特定課題ユニットはこうした課題に対し、具体的な解決策を提示することを目指して計画されたものです。
 まず、生活習慣病を引き起こす動物へのストレス(カルボニルストレスと酸化ストレス)に対して、生体がどのように応答しているかを分子レベルで明らかにすることを目指しています。さらに得られた成果を基盤として、生活習慣病予防食品の開発や環境に負荷をかけない持続的な作物生産を推進し、広く社会に貢献することを目的としています。

2.カルボニルストレスを引き起こすメイラード反応とは

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図1.3-デオキシグルコソン(3DG)とグリセルアルデヒドの構造
 ステーキやコーヒーの好ましい香りや醤油・味噌の鮮やかな赤褐色を前にして我々誰でも本能的に食欲がそそられます。この現象はその食品中にメイラード反応が進行していることによります。実はこの好ましい反応が生体内でも起こっていて糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病や老化に関わっています。
 メイラード反応とはタンパク質やアミノ酸などのアミノ化合物とグルコース(ブドウ糖)などのカルボニル化合物による反応で、動物は主にグルコースをエネルギー源として利用してきました。従って、血液中に常に一定レベルのグルコース(血糖:平均100mg/100ml血液)が存在しています。しかし、糖尿病のように血糖値が上昇すると様々な組織や細胞に傷害が生じ、白内障、動脈硬化症、腎症、神経障害などの合併症を引き起こします。
 生体内でメイラード反応によって3-デオキシグルコソン(3DG:図1)などの反応性の高いジカルボニル化合物が生成し、生体成分を修飾し、細胞などの機能が低下することをカルボニルストレスと称します。グルコース以外にも3炭糖であるグリセルアルデヒド(図1)も生体内メイラード反応に関与し、毒性を持ったメイラード反応後期段階生成物(AGE)を生成します。

3.酸化ストレスとは

 生体内では、呼吸によって取り込んだ酸素に由来する酸化ストレスが常に生じています。体内の抗酸化酵素などや食事からのビタミンE、Cやポリフェノールなどの抗酸化成分によってこれを抑制しています。何らかの理由でこの抑制を上回る酸化ストレスが生じると、生活習慣病のリスクが増大することが明らかとなっています。

4.研究成果の概要

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図2.生体内で検出されているAGE
「生体内メイラード反応」
 生体内のタンパク質はメイラード反応によってタンパク質を重合させる架橋(クロスリンク)生成物などを生じ、機能が低下します。我々はメイラード反応生成物の化学構造を解明するためにモデル系などを用いて架橋生成物の構造解析を試みてきました。その結果、新奇生成物であるAGEを同定しました(図2:茶色で示したAGE)。
 これらは生体内でも検出され、糖尿病ラット組織中で増加していることを明らかにしました。今まで報告されている主要なAGEを図2で示します。このように生体内では多様なAGEが知られています。生体内ではAGEと結合する既知の受容体(RAGE)が存在していますが、渡辺らは新奇RAGEを見出し、糖尿病合併症に関与することを明らかにしました。
 また、メイラード反応の中間体である3DGの生理作用について検討を行い、3DGがラット肝細胞に対して小胞体ストレスを惹起することを明らかにするとともに、小胞体ストレスを介したアポトーシス(プログラムされた細胞死)を誘導することを見出し、糖尿病合併症発症機構におけるカルボニルストレスの意義について新たな知見を与えました。
 また、3DGがマクロファージ細胞株RAW264に作用してコレステロール排出タンパク質の発現を低下させることを確認するなど、動脈硬化症など糖尿病合併症の発症機構におけるカルボニルストレスの意義を明らかにしました。
 我々は生体内メイラード反応を抑制する食品成分について検討したところ、ビタミンB2などのフラビン類およびビタミンEの活性本体であるα-トコフェロールがメイラード反応を抑制することを明らかにしました。この知見によりビタミン類の新たな機能を提示できたと思っています。

「生体内酸化ストレス」
 ビタミンE輸送タンパク質(α-TTP)は、抗酸化ビタミンであるビタミンEの細胞内輸送に必須のタンパク質で、肝細胞内のビタミンEを細胞膜に輸送するはたらきを持ちます。これまでα-TTPは細胞質やリソソームに存在すると考えられてきましたが、竹中らはα-TTPが滑面小胞体に存在する可能性を初めて示しました。また、α-トコフェロールの体内での代謝活性を雌雄のラットで比較した結果、雄と比較して雌で多量の代謝産物を尿中に排泄することを明らかにしました。この性差の原因を検討した結果、雄性ホルモンであるテストステロンがα-トコフェロールの代謝を抑制することを明らかにしました。
 一方、ストレスは動物の情動にも影響をおよぼすことが近年注目されていますが、竹中らはビタミンE欠乏が不安行動を増加させる機構について研究を進めています。最近の成果では①ビタミンE欠乏による不安行動はメスラットでは雄ラットよりも生じにくい、②魚油の摂取は不安行動を抑制する可能性がある、③ビタミンE同族体であるトコトリエノールの摂取は不安行動を抑制する可能性がある、ことを明らかにしました。
 長田らはポリフェノールの一種の茶カテキンを高濃度で摂取すると肝機能障害が問題となってきているので、ラットを用いて茶カテキンの肝機能に与える作用を検証しました。その結果、1000mg/kg体重のレベル以上で単回投与した場合には種々の肝機能パラメータに異常が生じることを明らかにしました。
 さらに、りんご未熟果実由来ポリフェノールおよびライチポリフェノールの低分子化成分の安全摂取量を肝機能の観点から検討し、かつ、単回投与で24時間以内の脂質代謝調節作用について検証しました。その結果、両ポリフェノール素材共に茶カテキンの2・5~5倍程度の高い濃度を摂取した場合でも肝機能には有害な影響が認められませんでした。また、両素材共に摂取後短時間でコレステロール代謝を調節する機能を発揮することが明らかとなりました。

「食品開発の基盤研究」
 食感制御に用いられる食品素材にタンパク質と多糖類があります。タンパク質と多糖類が共存すると、多くの場合相分離構造を形成します。中村らはこの相分離構造の制御による新食感の開発を目指しています。最近では、実際のゲル状食品であるプリンの食感について、連続相ネットワーク構造と相分離界面構造の破壊の重要性を明らかにしました。

おわりに

 平成20年度より5年間に亘り私立大学戦略研究基盤形成支援事業で研究拠点を形成する研究として「ストレス応答の分子機構の解明とその農業・食品分野への応用」(研究代表者は澁谷直人教授)が採択され、研究を進行してきました。この中の動物ストレス応答研究プロジェクトは本ユニットがその研究基盤です。その他、科学研究費など多くの外部資金などによって本研究が支援されています。本稿で示した研究成果はごく一部ですが、明治大学研究者データベースや研究成果報告書を参考にしてください。

研究組織

氏名 役割分担
早瀬 文孝 研究全体を統括するとともに、メイラード反応機構を解析し、抗ストレス因子を探索する。
杉山 民二 ストレスによるバイオマーカーの同定・定量による生活習慣病診断方法を開発する。
竹中 麻子 酸化ストレス防御食品を検索し、生理作用を生体レベルで明らかにする。
中村  卓 抗ストレス因子を含有する食品開発の基盤を確立し、生活習慣予防食品を開発する。
川端 博秋 生体内ストレス応答タンパク質を検索し、異常タンパク質の分解機構を解析する。
桑田  茂 生体内ストレスの生成・消去に関わる遺伝子群を解析する。
渡辺 寛人 カルボニルストレスの防御とメイラード反応生成物の生理作用について明らかにする。
長田 恭一 カルボニルストレス防御食品を検索し、生理作用を生体レベルで明らかにする。
臼井 照幸 グリセルアルデヒド修飾タンパク質の化学的解析と生理作用について明らかにする。

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