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活用と保護、その両立をはかるバランス – 日本社会に合ったプライバシー・個人情報保護の方針を定め、早急に世界に打ち出すことが大切です –

明治大学 法学部 教授 佐々木 秀智

活用と保護、その両立をはかるバランス

●ビッグデータの活用にはプライバシー・個人情報保護のルールが不可欠。
●個人情報保護優先のEU、活用しやすさを重視するアメリカ。では日本はどうすべきか。
●プライバシー・個人情報保護観にはその国や民族の文化や伝統が色濃く表れる。

明確なルールをつくることが不可欠

 企業に新たなビジネスチャンスをもたらすものとして、ビッグデータの本格的な利活用は容認すべきだと考えています。ただし、個人情報やプライバシーを扱うリスクもまた大きなものがあり、それに対しては技術で対応するだけでなく、明確な法的ルールを定めることが不可欠と言えるでしょう。
 現行の個人情報保護法では、個人を特定しない情報に関するプライバシーの問題は対象とはなりません。しかし、技術の進化とともに多様化、大量化するデータを扱うためには、制度も議論もまだ充分とは言えず、民法、刑法などの個人情報保護法以外の視点をふまえた新しい枠組みが求められています。政府の中でも法整備に向けた検討会が設けられたところです。

日本でプライバシー権が意識されたのは昭和30年代

「防災などの公益目的であってもプライバシーのあり方は検討されるべきです」と語る佐々木教授
「防災などの公益目的であってもプライバシーのあり方は検討されるべきです」と語る佐々木教授。
 日本において初めてプライバシーが意識されるようになったのは1961年、三島由紀夫の小説「宴のあと」によってプライバシーを侵害されたとする訴訟がきっかけでした。その後、写真週刊誌が著名人のプライベートをスクープすることの是非が話題になったときも、議論はマスコミや出版界に限られていました。しかし、80年代以降、クレジットカードが発達して個人の信用情報が流通するようになると、収入や家族構成、カードの利用履歴などをカード・信販会社や金融機関などが把握するようになり、個人情報保護への意識が高まりました。さらに1990年代半ば以降になると、日本でもインターネットが普及し、通販サイトの購入履歴などのように、一人ひとりの関心領域に関する情報が蓄積され、個人の具体的な人間像が分かるようになってきました。それとともに消費者側も、個人情報を登録したり、決済時にクレジットカードの番号を入力することに対する不安が広がり、一般にもプライバシー・個人情報保護の意識がさらに高まったわけです。
 もちろん通販サイトで商品を購入するならば、自分が実在する人物であることを証明するために、ある程度個人情報を提供する必要があります。個人情報を完全に保護することはサービスを受けないということであり、社会が円滑に動かなくなりかねません。

活用と保護の両面に対する配慮が重要

ビッグデータの活用例として健康管理や防災といった社会的価値が高い事例を紹介することに関してはどうでしょう。目的が社会正義に則っているがゆえに、個人のプライバシーを侵害するリスクが隠されてしまう可能性が否定できません。例えば東日本大震災直後の人々の避難状況を、当日の携帯電話の位置情報から分析した事例をドキュメンタリー番組で取り上げたことがありましたが、これひとつをとっても重要なプライバシーだと思う人がいるなら、防災という公益目的での利用とプライバシー・個人情報保護のあり方について検討しなければなりません。プライバシーとは、そういう性質のものであり、その配慮は議論されているようでされていないと感じています。
 位置情報や趣味嗜好など個人に関わる情報をビッグデータとして活用する一方で、プライバシー上の不安を解消するためには、「活用」と「保護」の両面を充実させることが大切です。大事なのはそのバランスです。

EUとアメリカでは個人情報の扱いも違う

プライバシー・個人情報法保護をめぐる国際的な状況
プライバシー・個人情報法保護をめぐる国際的な状況
企業が不祥事を起こした場合に開く謝罪記者会見。あれも外資系企業のトップにはなかなか理解されない日本的な対応の一例です
企業が不祥事を起こした場合に開く謝罪記者会見。あれも外資系企業のトップにはなかなか理解されない日本的な対応の一例です。
 国境線がないネット上での問題には、国際的な協調も重要になります。ところが、影響力のあるEUとアメリカで、個人情報保護に対する考え方に大きな相違があることも悩ましい点です。大きく分けてEUは個人情報保護に対する法規制を強める傾向にあるのに対して、アメリカは分野別に最低限のルールだけを決めて、細かいルールは自主規制で調整を図るというスタンスでいます。
 アメリカの採用している個別法・自主規制アプローチには立法的な措置なしに迅速に対応できるというメリットがあり、また事業者間のきめ細かな視点で配慮を払うことが可能になるという利点もあります。しかし、一方のEUでは独立の監督機関が設けられ、大きなペナルティを課す権限を与えられているのが基本原則です。日本もこのままではヨーロッパの組織と商取引することが難しくなるため、体制づくりは重要な問題であり、今後の動きに注目したいと思っています。

最低限守るべきルール+自主規制による対応

プライバシー・個人情報保護においては、さまざまな価値・利益を検討し、バランスを図ることが重要
プライバシー・個人情報保護においては、さまざまな価値・利益を検討し、バランスを図ることが重要
 現行の個人情報保護法では、すべてを1つのルールで網羅しています。しかし、より広い範囲にわたるパーソナルデータについては、すべて同じルールというわけにはいきません。その境界は利用用途や、利用しようとする主体によっても変わるため、分野ごとの特殊な事情に合わせてさらに詳細に整理すべきだと思っています。
 問題は、統一的な監督機関が存在しないことです。EU諸国にはデータコミッショナー制度があり、アメリカにもFTC(連邦取引委員会)がありますが、日本はここでも縦割り行政の弊害が現れています。
 調査・規制権限を持った統一的な監督機関を設立することは大前提となるでしょう。その上で理念や原則といった基本的な枠組みだけは個人情報保護法で決め、そこから先は業界別、分野別に個別法や自主規制などの取り決めで運用していくという方法が、歴史的に見ても日本人と日本社会には合っているのではないでしょうか。現実に、携帯電話の有害サイトへのアクセス制限は法規制と同時に事業者が自主的に行っていますし、良識と若干のコストがかかることも含めて、流行りの言葉でいえば、それが日本的な「おもてなし」なのだろうと思います。

文化や伝統という法の背景を読み取る

 プライバシーという言葉はアメリカで生まれました。しかし、それ以前にも日本には日本なりのやり方があったはずです。プライバシー保護に関する制度の歴史を比較研究している研究者によれば、彼我の相違は、アメリカの敷地の広い住宅と、日本の軒を接する長屋のような生活に端を発しているのではないか、という見解が述べられていました。プライバシーのような感覚には、そうした道徳や倫理観、文化や伝統の違いが色濃く反映されるものでもあり、法の条文だけでは見えてこない背景があります。私の専門であるプライバシー・個人情報保護の比較法的考察においても、そうした法の実態を踏まえた比較を心がけています。
 EUも自分たちのやり方がすべてだと考えているわけではないようで、交渉によって日本のやり方のほうが優れている点もある、効果があるのだ、と認めさせることが必要でしょう。もちろん本当にプライバシー・個人情報保護の観点から効果があるかは、実証的なデータをみせなければなりません。そのためにも消費者を含めた国内の議論が、さらに活発になることを期待しています。

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