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高速化が進む金融取引の実態をビッグデータで解明。- 一般の投資家にとって株式や債券市場が健全で魅力的であることが重要です。-

明治大学 総合数理学部 現象数理学科 教授 乾 孝治

高速化が進む金融取引の実態をビッグデータで解明

●株式市場の取引は1/1000秒単位の高速・高頻度化。しかも、ますます速くなる傾向にある。
●市場が一般の投資家にとって魅力のないものになってしまったとしたら大きな損失。
●ビッグデータで、これまで見えなかった取引の実態を分析し、社会に提言をしたい。

金融工学はリスクをできる限り小さくするために生まれた

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「銀行の連鎖破たんにつながりかねない流動性の問題が、なぜたびたび起きるのか。その原因の一つに市場の取引の高頻度化、高速化があるのではないか」と語る乾教授。
 金融工学という学問ジャンルは、そもそも不確実な未来のリスクをできる限り小さくすることを目的として生まれたものです。高度な数学を駆使して開発された、さまざまな金融商品は、確かに金融機関や企業が抱えるリスクを軽減し、経営を安定させるために有効のように見えました。しかし、理論を過信しすぎた弊害として、リーマンショックのような世界を巻き込むほどの大規模なシステミック・リスク(※1)につながる危険もはらむようになっています。
 実際に、金融市場では、2000年ころから巨額損失事件が相次ぎ、史上最大の倒産を毎年更新しているような状況にあります。このような状況は、投資ファンドなどが利益優先に走りすぎる、いわゆる強欲資本主義に原因があるとも言われています。
 中でも私が注目しているのが、高頻度取引(HFT:High Frequency Trading)の影響です。現在の株式市場では、自動プログラムによって百万分の1秒単位で売買が繰り返されていますが、このような市場の高速化は利便性の向上に本当に役立っているのだろうか、という疑念があります。むしろ市場の流動性を損ない、市場を混乱させる原因になっているのではないか。突き詰めれば、銀行の連鎖破たんのようなシステミック・リスクは、HFTが原因の一つになり得るのではないかという予想のもとで研究を進め、できれば将来の市場の在り方に対して具体的な提言を出したいと思っています。

ビッグデータは研究の可能性を広げるもの

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東証の高速売買システム(Arrowhead)が稼働する前後での気配値更新回数を1日当たりの平均値で比較したグラフ。同じ銘柄の売買注文がおよそ5~8倍の頻度で更新されている。
 分析のもとになっているのはTICKデータ (一つひとつの取引の詳細なデータ)です。東証一部の1日当たりのデータ量では約3GBほどで、金融の世界におけるビッグデータと言えます。そうした非常に大量で詳細な取引データが得られるようになって、いままでは分析できなかったものが見えるようになってきました。例えば、3、4年前に利用していた分析用データは、一日の最初に取引された始値(opening price)と高値(high price)、安値(low price)、最後に取引された終値(closing price)の4つが基本でした。一番きめ細かくてもデイリーのデータだったわけです。ところが現在は1/1000秒単位のデータが利用できるようになりました。確率分布の端(テール)にある事象に関しても、以前よりはるかに多くのデータが手に入るため、リスク管理に重要とされるめったに表れない異常値でさえ分析できるようになっています。

人の認知速度を超えた取引は市場の魅力を損なう

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流動性に悪影響を及ぼす問題の原因が、市場取引の制度自体に潜んでいるなら何らかの改善策が必要です。
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東証の「コロケーション」というサービスを利用すれば1/1000秒どころかマイクロ秒単位の取引ができます。
 角度を変えてみましょう。市場に新しい金融商品や取引の仕組みが次々に登場するのは、非完備な状況にある市場を埋める「完備化」のプロセスだと言えます。例えば、今まで取引できなかったリスクを取引できる金融商品が生まれることによってリスク管理が可能になったり、しかもそのリスクも市場リスク、信用リスクそれぞれに管理できるようになったりするのも、世の中がどんどん完備化に向かうプロセスだと考えられます。しかし、1/1000秒のHFTはどうか。今までできなかった取引がどんどんきめ細かくなるのは、一見完備化のように見えますが、その手段を持っている人にとっての完備化にすぎず、手段を持たない人にとっては、逆に非完備化していると言えるのではないでしょうか。
 今までの株式市場では「板」を見て注文すれば思った値段で取引ができていました。しかし、1/1000秒の売買ではスピードが速すぎて、もう人間には見ることができません。逆に、手段を持っている人からすると周りの人が止まって見えるはずです。動きの遅い一般投資家の横をものすごいスピードで取引して、利益を得ていく。手段を持たない人々は気付くと、思っていた価格では取引できなくなっている。そういうことが顕著になれば、普通は取引自体に消極的になってもおかしくありません。
 もし、誰もがそのように考え、市場に対する魅力を失い、個人の投資家がどんどんいなくなってしまったとしたら、長期的には手段を持っている側にもメリットがないはずです。東証でもHFTの取引が50%を越えた今、市場の高頻度化・高速化にそうした懸念があるとしたら、できるだけ行き過ぎた部分は修正して、公平性や透明性を高める何らかの働きかけが必要です。誰かが提言することで議論が始まれば、改善策に結びつき、市場がより安定的になるでしょうし、リスク資金を提供する個人投資家が増えて、企業の資金調達コストも下がり、事業者にとってもメリットになると考えています。

エンジニアは現実的な解決策を提示する

 もちろんHFTも欠点ばかりではありません。一般的には市場はより効率化が図られているとされていて、ただし、そのメリットを受けられるのが手段を持っている人に限られることが問題なのです。だとするなら、誰もが恩恵を得られるような解決策を探ることも課題の一つです。そして、そうした新しいサービスを一般投資家に提供できるとしたら、その主体はこれまでの金融業界ではなく、まったく新しい発想の企業である可能性が高いと思っています。そんな思いもあって、私は2013年5月にオリコン株式会社との共同研究を約束しました。
 ご存じの通りオリコンは、データを使ってサービスを提供するということに長い経験を持つ企業ですし、金融業界のこれまでにとらわれず、新しい発想で、新しい付加価値を、一般投資家に提供できる可能性は十分にあります。
 金融工学はエンジニアリングです。理論的な整合性が完全でなくても、何とか現実的な解決策を提示することがエンジニアリングの役割です。そういう意味で私の研究は実務と重なる部分が多いと思っています。現実の金融実務と密接に関わり、社会に影響力があるところが、この分野の魅力と言ってもいいでしょう。
 オリコンのような新規に参入する企業の取り組みを応援することが、多くの投資家にとって長期のリスク資金を提供できる環境をつくり、さらには日本でも株式投資がもっと盛んになることにつながるとしたら、なかなか面白い試みだと思っています。

(※1)システミック・リスク
個別の金融機関の支払不能等や、特定の市場または決済システム等の機能不全が、他の金融機関、他の市場、または金融システム全体に波及するリスクのこと

掲載内容は2013年12月時点の情報です。

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