過去のパンデミックとは異なる状況
人間社会がパンデミックに襲われること自体は、これが初めてではありません。中世ヨーロッパではペストが流行しましたし、19世紀中頃にはロンドンでコレラが流行したこともあります。
日本でも、幕末にコレラが大流行しましたし、大正時代にはスペイン風邪のパンデミックに襲われています。
当時のヨーロッパでは、村や街を封鎖したり、外出禁止令が出されたりしていますが、マクロ経済政策の観点から考えることは難しいことでした。
例えば、強いロックダウンを行えば、感染を抑えるのには効果的ですが、経済へのダメージは大きくなります。ロックダウンを短くしたり、緩くすると、経済への影響は小さくなりますが、感染の長期化で長期停滞するかもしれません。それは、経済界も望みません。
つまり、ロックダウンは、感染と経済のトレードオフのような関係になるのですが、当時の社会では、これを科学的分析に基づいて考えることは望めなかったでしょう。
しかも、現代では、状況はさらに複雑です。
民間の経済主体は大きく、資本家と労働者に分けられるのですが、このコロナ禍では、労働者が活況のセクターの労働者と、低迷するセクターの労働者に分かれ、3つに分類できます。
この三者の動向を見ると、資本家は、従来の災害時には株価などが下がり打撃を受けるものですが、このコロナ禍の1年で、日本では約12%、アメリカでは約25%も株価が高騰しました。
おそらく、不確実性の大きさから、貯蓄に対する意識が高まり、その手段として株式に対する関心が高まったのだと考えられます。これも、従来の理論モデルでは考えられず、今回新しい理論で説明された現象です(“Ambiguity in a Pandemic Recession, Asset Prices, and Lockdown Policy,” Journal of Public Economic Theory, 24(5), 1039-1070, 2022. DOI: 10.1111/jpet.12591)。
しかし、マクロ的に見れば、強いロックダウンが行われてコロナが早く収束する方が、資本家たちにとっては利益が守られるわけです。
活況のセクターの労働者も、ロックダウンによって需要が高まっているので、強いロックダウンは望むところです。さらに、ロックダウンが長期にわたることも好状況と言えるでしょう。
一方、低迷するセクターの労働者は、ロックダウンが強く、長くなるほど仕事が失われ、打撃が大きくなります。彼らにとっては、感染の不安が少々あっても、弱いロックダウンの方が良いわけです。
このように、コロナ禍では、従来の理論では予測できなかったことが起こったり、感染と経済のトレードオフ、さらに、大きく類型化した経済主体三者の間でも利害関係が異なる状況が生まれたのです。
こうした状況を考えることは、100年前のスペイン風邪のパンデミック時や、コレラやペストの大流行時では難しかったわけです。その意味では、このコロナ禍によって初めて、私たちは将来に活かすべき知見を得る機会を得たと言えます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。