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日本独特の発酵食品をつくる麹菌は日本にしかいない!?

中島 春紫 中島 春紫 明治大学 農学部 教授

さらに、未来に向けて微生物の活用の幅を広げる

中島 春紫 日本独特の発酵食品は、まだ他にもあります。

 糸引き納豆をつくる納豆菌は枯草菌の一種ですが、枯草菌を使って発酵食品をつくるのは、おそらく、日本が世界で唯一です。

 外国人にとっては、それこそ腐敗していると思われる納豆ですが、それは、枯草菌でつくられる発酵食品が他の国にはないからです。

 鰹節も日本独自のものです。

 一般的に、魚を保存するためには干物にします。ところが鰹が獲れる時期は梅雨にかかる時期なので、干物にしづらいのです。

 そこで、蒸して燻して乾かす、という作業を繰り返し。これが荒節で、約30%の水分を含んでいます。荒節を削ったものが花かつおですね。さらに、荒節を室に入れてカビを生やし、そのカビが水分を吸わせます。カビ付けを3,4回繰り返すと、水分14~15%の本枯れ節ができます。

 世界各国にさまざまな漬物がありますが、米糠を使った糠(ぬか)漬けのように固体の粉末に野菜を漬けるタイプの漬物は日本以外ではほとんど見当たりません。

 糠漬けづくりにはさまざまな作法があり、理に適ったやり方が確立されていて、それは個人でできる手入れ法として多くの家庭で伝えられているわけです。

 糠漬け造りでは、最初に糠床をつくるときは、屑野菜を入れて捨て漬けをしますが、それは、野菜についている乳酸菌を糠に移して増やすためです。

 すると乳酸菌が乳酸を生産して糠は酸性になります。pH4くらいになると、病原菌や腐敗菌は生育できない環境になります。

 本漬けを始めると、毎日かき回します。それは、乳酸菌は酸素が苦手なので、酸素が入ると、乳酸発酵が抑えられ、漬物が酸っぱくなりすぎるのを防ぐことができるからです。

 糠床の手入れを怠っていると、糠床の底の方に腐敗臭を放つ酪酸を生産する酪酸菌が生育するようになります。酪酸菌にとっては酸素は猛毒なので、酸素を送り込めば抑えることができます。逆に、糠床の表面に白い膜を張る産膜酵母は、香り付けに役立ちますが、増えすぎると異臭を放ちます。

 そこで、糠床をかき回すときには、ただグルグルするのではなく、上部と下部を入れ替える天地返しをするのです。そうして、乳酸菌には一休みさせ、酪酸菌は酸素に触れさせて殺し、酸素を必要とする産膜酵母は糠の中に押し込んで酸素を断つわけです。こうして全体のバランスを平均に保つのが手入れの目的です。

 このように、日本独自の菌を育てたり、外国では使われない菌も使いこなしたり、自然環境に合わせて手間をかけた発酵食品づくりをしたり、理に適った作法を各家庭が伝えるなど、日本の発酵食品の文化は非常に豊かだと言えます。

 これを味わえることは、とても幸せなことだと思います。

 さらに、未来に向けて、カビなどの微生物を発酵以外にも活用しようとするさまざまな研究が進んでいます。

 私の研究室では、カビが水を弾く能力の元になっている、ハイドロフォービンという特殊なタンパク質を研究しています。

 このハイドロフォービンにはきれいに整列して吸着する性質があり、それを利用した、重金属吸着能を付与した新規の機能性新素材の開発に取り組んでいます。また、ビールなどに入れると大量の泡が吹き出させ、その泡を長時間保持する界面活性効果もあり、それを利用した乳化剤の開発なども考えています。

 人類の食文化に多大な貢献をしてきた微生物は、さらに、さまざまな分野で、私たちの生活をより豊かにしてくれることに役立っていってくれると思います。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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