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現代人が取り戻せず、潜伏キリシタンが250年間失わなかったもの

清水 有子 清水 有子 明治大学 文学部 准教授

キリスト教の信仰知識と教養が伝えられ続けた浦上地域

 江戸幕府のキリスト教弾圧は、1614年に全国に向けて禁教令が出され、宣教師を国外追放した頃から激しさを増し、1620年代には長崎とその周辺で潜伏者の摘発と処刑が行われます。

 1637年、今度はキリシタンを中心とした島原、天草の農民たちが一揆を起こします。その鎮圧に手を焼いた江戸幕府は、以後、キリシタンを脅威とみなし、250余年にわたり、徹底的に弾圧します。

 まず、外国人宣教師が一掃されたことは、キリスト教信仰にとっては大きな痛手となりました。

 プロテスタントと異なり、カトリックでは聖書を信徒に配るということはしません。キリスト教の教義は、神父が説教の形で伝えます。つまり、宣教師がいなくなれば、正しい教義を教えてもらえなくなるのです。

 さらに、禁教の摘発から逃れるために仏教徒を装うなどしたため、シンクレティズムが進行します。特に、平戸の生月島などではその傾向が顕著に表れています。

 ところが、長崎の状況は異なっていました。まず、当時の町の人口は2万5千くらいですが、全員がキリシタンであり、小ローマといわれていました。宣教師も多く、宣教体制も非常に充実していたのです。「コンフラリア」という信徒の自治組織も多くできました。

 もちろん、幕府の弾圧が厳しくなり、長崎の宣教師もいなくなりますが、充実した宣教体制の下でキリスト教の信仰知識や教養を受けた環境が、その後の禁教の時代にも、他の地域とは異なる影響を与えることになったと思います。

 実は、先に述べた、1865年に信徒であることを打ち明けた浦上の潜伏キリシタンは、自分たちが保持していた数種類の教書をプティジャン宣教師に提出しています。

 その中で書名の明らかなものが3点あります。「こんちりさんのりやく」、「ルソンのオラショ」、「天地始之事」です。

 「こんちりさんのりやく」は、カトリックの重要な教義である告解、すなわち罪の告白をして許しを得る秘跡について書かれたものです。本来は司祭が行わなくてはならないのですが、司祭がいないときにも執り行うことができる方法を教える内容になっています。

 この「こんちりさんのりやく」は、禁教前の1603年にポルトガルの宣教師が長崎で出版したことがわかっています。それを書き写したものを浦上の潜伏キリシタンの指導者が所持し、信徒に口伝し、暗唱させてきたのです。

 大正時代に行われた調査では、江戸時代に生まれた当時70~80歳の高齢者たちが、完璧に暗唱できたことがわかっています。

 また、「天地始之事」は、信徒の記憶(口伝)をもとに、1822年あるいは翌年に、書き写された聖書物語です。

 口頭で伝えられているので細部に間違いはあるものの、「天帝」(神)による天地創造から、「丸や」(マリア)から生まれた「御身」(イエス)が「はたもの」にかけられ昇天し、世界の終末と公審判にいたる、イエスの生涯が一通り描かれています。

 浦上の潜伏キリシタンはこうした教理書を暗唱する形で、250余年の禁教下でキリスト教の根本的な骨格を伝え続けていたのです。

 しかし、潜伏キリシタンたちがそれらの教理書を暗唱していたといっても、本当に理解できていたのかということが問題ですが、プティジャン宣教師の書簡に、浦上のキリシタンの信仰生活は、自己で行う洗礼、祈り、痛悔で完結していた、という旨の内容があり、彼らがカトリックの秘跡や祈りについて身につけていたことがわかります。

 しかし、同時に彼らは洗礼と痛悔を本来、司祭が執り行うべきことを知らないのですが、それは、長い間、司祭がいない潜伏下での信仰生活であり、それを補うために「こんちりさんのりやく」などの教理書に則ったやり方をしていたとすれば、やはり、暗唱するとともに、その内容が伝え続けられていたとみることができると思います。

 さらに、プティジャン宣教師に対して、私たちはあなたと同じ心、と告白していることは、プティジャンを単なる外国人と見なすのではなく、宣教師だとわかっていたということであり、カトリックの、キリストを頭とする共同体の概念をもち、自分たちもカトリック教会という共同体の一構成員であるという自覚をもっていたということです。

 つまり、浦上の潜伏キリシタンの人々は、禁教以前の時代と大きく変わらない信仰生活や最低限の教養や知識を、250余年の潜伏期間の間も維持していたのです。これは、浦上地域に固有の特徴といえると思います。

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