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メディア・リテラシーの有無が生死を分けることもある

明治大学 国際日本学部 准教授 酒井 信

正常性バイアスに陥らないために複数のメディアを比較分析する

 人が異常事態に際して判断を誤ることは、どの国や地域でも、過去に繰り返されてきた、一般的なことだと考えることもできます。

 一つの例として2014年に韓国で起きたセウォル号事件があります。大型客船が転覆して沈没した事故ですが、乗船していた高校生たちが不適切な避難指示を受け、待機してくださいという船内放送に従った結果、多くの犠牲者を出しました。

 日本では、この船内放送のことが大きな注目を集めて報道されましたが、韓国では日本ほど水泳の授業が一般的ではないため、救命胴衣をつけていたとしても、泳いで逃げるという選択肢をとりにくかったことも、考慮に入れる必要があります。

 人は「正常性バイアス」という心理的な特性を持っています。異常事態に直面しても、自分の考えにとって不都合なことを無視して、眼前の状況を正常の範囲内のものであると思い込みたがるのです。これは異常時に限らず、日常的な会議や議論の中でも、特に意見が分かれる議論の中では、日常的に起こり得ることだと言えます。

 人間は時に自分の身に降りかかる危険を過小評価し、生死を分けるような災害の初期対応を誤ってしまいます。詳しくは、昨年に私が監修した映像教材「コントで学ぶ メディアと社会とわたし」(丸善出版)の第4巻で説明していますので、参考にしてみてください。

 まとめると上述のダイアモンド・プリンセス号に関するアメリカのメディアの報道や、新型コロナ・ウイルスへのマスクの予防効果に関するWHOのガイドライン、日本人の欧米の防疫体制に対する過度な信頼にも、正常性バイアス、すなわち、慣れ親しんできた社会秩序や慣習が正常であるという思い込みや偏見が見られます。

 船の沈没時だけでなく、パンデミックのような異常事態下でも、思い込みや偏見が生死を分けることもあります。

 こうした状況に陥ることを防ぐ有効な手立てが、メディア・リテラシーを高めることにあります。メディア・リテラシーを高めるためには、ネット上で情報を検索して現実の世界を理解した気になるのではなく、小説を読んで文学的な想像力を高めたり、旅行や運動をして、人間の身体感覚を通して社会への理解を深めることも大切です。

 複数の情報を比較検討し、様々なメディアに接しながら、社会や世界について視野を拡げることで、誰もが持っている思い込みや偏見を絶えず相対化し続けることが、やはり重要なのです。他人の意見に耳を貸す、異なる意見を気に留める、ということは意外と難しいことで、日常的に様々なメディアに接したり、様々な人と話をする中で培われていくものです。

 その意味で日本のメディア環境は、翻訳文化が成熟しており、出版物も多様で、図書館にも多くの蔵書があり、Web上にも情報があふれ、世界でもとても恵まれた情報環境だと言えます。

 英語で配信されている海外メディアの報道や国連等の国際機関が配信する情報を比較分析することも大事で、日本の社会秩序のあり方について理解を深めたり、世界情勢の中で自分自身の働き方や生き方を見直す手助けになります。授業でも「ダイアモンド・プリンセス号問題」や「マスク着用論争」のように、国際的に注目されたニュースを比較分析しながら、日本の将来の社会システムのあり方について、学生たちと一緒に考えていますが、学生たちから教わることも多いです。

 いずれにしても、メディア・リテラシーの有無が人生を左右し、生死を分けることがあるということを、私たちは意識する必要があります。ネット上の情報も有益ですが、小説や英字ニュースなど、さまざまな種類のメディアに触れ、異なる情報・意見に触れながら社会や世界への理解を深め、その変化に適応した「生き方」を模索していく姿勢が大事だと思います。

 まずは、身近なところで自分と異なる意見を持つ人の話を聞いて、自己の考えを見直したり、これまで読んでこなかったような書籍に触れて、興味・関心を拡げる努力を始めてみてください。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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