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KAMの導入によって企業と環境変化が理解できる
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2021年3月期決算より、上場企業の監査報告書にKAM(Key Audit Matters:監査上の主要な検討事項)の記載が義務づけられました。証券市場やコーポレート・ガバナンスへの貢献をはじめ、様々な分野に影響する大改革だといえます。

監査報告書に義務づけられたKAM

小松 義明 会計と監査の専門家である公認会計士は、企業が公表する財務諸表について監査業務を行い、その結果に基づいて監査報告書を作成します。財務諸表にミスや不正による重大な誤りがなく、全体として正しいものであれば、監査報告書において、財務諸表は「適正」であると表明されます。つまり、監査報告書に記載される意見は、財務諸表の信頼性を保証するものです。例えば、投資の重要な判断材料のひとつになる財務諸表の情報にお墨付きを与えるのですから、監査報告書は非常に重要なものです。

 ところで、組織の形態によって名称は若干異なりますが、株式会社の社内には多くの場合、監査役といわれる人達がいて、業務や会計の監査を担っています。しかし、監査役は社内の、いわば身内であるし、必ずしも会計の専門家でもありません。日本では、戦後、アメリカの制度をお手本とし、企業外部の専門家である公認会計士に会計の監査を依頼する制度を導入しました。公認会計士の業務の結論である監査報告書は、監査業務とその結果である意見が簡潔に記載され、しかも定型文言を用いた短文によるものが一般的でした。投資家や金融機関にとっては、専門家のお墨付きさえあれば、それで十分と考える人が多くいたのです。

 ところが、2000年代に入るころから、大企業などによる不正会計事件が相次ぎます。特に、2001年のアメリカの大手エネルギー会社であったエンロンのケースは、アメリカ最大級の不正会計事件といわれ、しかも、監査法人であるアーサー・アンダーセンがそれに加担したことから、会計と監査の信頼性が失墜しました。さらに、2008年のアメリカ証券業界4位だったリーマン・ブラザーズが破綻した事件は、世界的な金融危機を引き起こしました。また、日本でも同時期に企業による不正会計事件が多発し、2015年には日本を代表する企業のひとつである東芝の不正会計が明るみに出ます。

 経済がグローバル化した現代では、リーマンショックがそうであったように、巨大企業の不祥事の影響は世界中に及びます。そこで、再発防止の議論が活発に行われたのですが、注目されたのは財務諸表の監査を担当する公認会計士(以下では、単に「監査人」といいます。)の役割です。度重なる企業の不正会計の発覚に対して、会計の専門家である監査人は一体なにをしていたのか、と指摘されたのです。企業の財務諸表の作成のプロセスに唯一近づくことができる外部者が監査人だからです。もちろん、監査人がなにもしていなかったわけではありませんが、財務諸表に対してどのような監査業務が行われていたかは、上記のような短文で、紋切り型の文言による証明書からはわかりません。企業の財務諸表に関心を持つ人々には監査業務がとても不透明に思えたのです。

 こうした状況に対応する議論は、特にヨーロッパ各国で盛んになり、2013年にイギリスが、監査報告書に特に重要な事項を記載する仕組みを導入しました。それが、KAMのはじまりとなりました。財務諸表の情報が全体として信頼に値するとして監査人が適正という意見を表明したとしても、そこに至る中で、特に注目した重大な事象や将来不正に繋がるリスクがある領域などがあれば、それを情報として記載するというものです。監査人が自らの言葉でわかりやすく表現するところに特徴があります。その後、2017年にはEU全体で統一化が図られ、その仕組みをアメリカも取り入れます。そして、日本も2021年3月期決算から主として上場企業の財務諸表に対する監査報告書にKAMを導入することが決まったのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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