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日本のこころへ目を向けよう ―お地蔵さんが語るもの

渡 浩一 渡 浩一 明治大学 国際日本学部 教授

日本のこころへ目を向けよう ―お地蔵さんが語るもの

<地蔵菩薩>から、民衆に寄りそう<お地蔵さん>へ

 「クシティガルブハ Ksitigarbha」―「大地の子宮」を意味するこのサンスクリット語が「地蔵」の由来とされる。おそらくは古代インドの地母神が仏教に取りこまれ地蔵菩薩となったのだろう。地蔵菩薩の信仰は古代中国において発展し、道教とも結びつき閻魔大王とも同一視されるようになり、古代の日本ではまず地獄に堕ちた者を救済する菩薩として人々の信仰を集めていく。
 地蔵菩薩が僧形であるのは、すべての衆生を救うためである。左手の如意宝珠は意のままに願望を成就させることを示し、右手の錫杖は衆生済度や修行のための遊行を象徴する。観音と並んで代表的な「大悲闡提(だいひせんだい)」の菩薩であり、自らの悟りを犠牲にして、すべての人々を救済するために衆生の間を奔走しているとされる。
 奈良時代頃に伝来した地蔵菩薩への信仰は、平安時代以降、末法思想や浄土教の広まりを背景に、貴族社会から武士社会、やがて庶民層にまで広がっていき、童子神や賽の神などの日本固有の民俗信仰とも習合していった。地蔵菩薩は子どもそのものの姿でも作られ、子どもの守り神になった。長い時間をかけて日本的に変容しながら、日本人の心のなかに深く浸透していき、幅広い現当二世の万能利益者の日本のカミ「お地蔵さん」になった。
 「お地蔵さん」は人々から親しみをこめてこのように呼ばれて、今日でも歌謡曲に登場したり、ゆるキャラとして愛されたりしている。他にそのようなカミがあるだろうか。 
 普段、意識はしなくても「お地蔵さん」は、日本人の心に染みついたもの、なくてはならない原風景の一つでもある。「無宗教」を自認し標榜する日本人の、もっとも日本人的な信仰の象徴、それが地蔵信仰であるといえるだろう。

お地蔵さんの微笑と日本人のこころ

 ラフカディオ・ハーンは主に地蔵菩薩を念頭に次のように言っている。「日本の民衆の微笑は、菩薩の微笑と同じ観念、つまり、自己抑制と克己の精神から生まれる至福を表はしているのである。」(「日本人の微笑」)
 先の東日本大震災では、秩序を失わず互いに助け合う被災者の姿が、世界の人々を驚嘆させた。他の言語には対応する語がない「Gaman(我慢)」という言葉が、日本語のまま諸外国のメディアを駆け巡った。
 阪神大震災でも東日本大震災でも、被災地には新たに供養のために少なからぬ地蔵が祀られた。なかには被災地に地蔵を贈る活動をしている人々もいる。仮設住宅に贈られた「お地蔵さん」は、死者の魂を鎮め、生き残った人々の心を慰め、癒し、励まし続けている。
 千年以上の長きに渡って、地蔵は人々のさまざまな願いを受け入れ、民衆に寄り添ってきた。本質は何も変わっていない。地蔵は現代でも同じ形で生き続けている。我を抑えて人の心に寄りそう「お地蔵さん」――その微笑はどこか日本人の心象風景と重なっている。

外国人が遺した昔日の日本人の面影

 明治維新、そして敗戦と高度経済成長を経て、日本は大きな変貌を遂げた。今日、私たちは好むと好まざるとにかかわらず、グローバル社会の中で生きることを余儀なくされている。
 海外に行った日本人学生は、自分が日本について何も知らないことを痛感するようだ。留学先やホームステイ先で日本のことを聞かれても何も答えられない。英語だから話せないのではなく、知らないから答えられないのである。
 根無し草はコスモポリタンたりえない。日本の文化的伝統を身に付けた人が、初めて世界で活躍できる。まず私たち自身が、そもそも「日本」とはどういう国なのか、「日本人」とはどういう人々なのか、を知らなければならないが、自分自身を客観的に見ることは難しい。
 それに対して素晴らしい示唆を与えてくれるのが、歴史の中で外国人が遺した日本人についての記述であろう。戦国時代のキリスト教宣教師をはじめとして、江戸時代の出島の「オランダ人」(実際にはオランダ人ではない者も少なくなかった)や朝鮮通信使一行の記録など、そして開国以降では、文字による記録ばかりでなく、時代の空気を鮮明に伝える写真も多数残されている。
 たとえば、イエズス会のキリスト教宣教師ルイス・フロイスの残した「日本史」「ヨーロッパ文化と日本文化」等々の数多の記録。日本人は人を殺すことは何とも思わないが、動物を殺すことは嫌がる、といった驚愕すべき記述も少なくない。今日の私たちからはほとんど異文化に見える部分と、現代でもほとんど変わらない風景とが奇妙に混在している。
 また、大森貝塚を発見したエドワード・モースは、日本の都市がアメリカのそれよりずっと綺麗であることに驚いている。シーボルトは、子どもたちが街道筋に落ちている旅人や馬の草鞋を集めて堆肥にしていることを報告している。

近代文明の隘路から抜け出すためのヒントとしての豊饒なる過去の日本

 日本は早くに高度な循環型社会を実現していた。江戸時代、都市近郊の農家は、都市に野菜を売りに来て、肥料(人糞尿)を買って帰った。都市部の長屋の大家には、肥料の売却だけで生活が成り立っていた者もいたという。江戸時代には、当時の世界でも最先端ともいえる持続可能な社会システムが完成されていた。
 翻って現代、私たちの社会は何もかもがアメリカ的になった。すべてが大量に生産され、大量に消費され、大量に廃棄される。近年、リサイクルの技術やシステムが進化し、改善が見られるものの、ものを最後まで再利用し尽くしていた面影はもはやなく、処理しきれないゴミが地中に埋められたり、ときに不法投棄されたりしている。おそらくその最も厄介なゴミが放射性廃棄物、ということになるのだろう。私たちは、近代化によって物質的・経済的豊かさを手に入れたが、そのプロセスでさまざまなものを失い、あるいは捨ててきた。そして、それらを顧みることもなかった。
 おそらく福島や原発の問題は、この150年あまり日本が進んできた方向性が、大きな曲がり角に来ていることを暗示している。今、目の前にこのような現実があり、私たちはこれからどのような方向に舵を切るのか。
 江戸末期から明治初期、日本を訪れた外国人たちは、日本人が貧しいにもかかわらず陽気でよく笑い、みな幸福そうに暮らしていることを異口同音に語っている。近代以降、私たちが捨ててきたもの、失ったもののなかにこそ、真に価値のあるもの、グローバルなもの、普遍に到達しうるものがあるのではなかろうか。

掲載内容は2014年3月時点の情報です。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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