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共時的に現れる感性の変容に気づくために

大楠 栄三 大楠 栄三 明治大学 法学部 准教授

共時的に現れる感性の変容に気づくために

1885年――小説の「始まり」の同時多発的な変化

 ビクトル・エリセ監督の映画『ミツバチのささやき』(1973年)は、明らかに子供が描いたとわかる12枚の絵から始まる。芸術家たちは作品の冒頭にさまざまな意匠を凝らし、観る者をたちまちのうちにフィクション空間へとひきずりこむ。
 小説の「始まり」においても同じことが言える。多くの場合、作家が想定している読者は、同時代に生きている生身の人間である。いきおい、小説の始まりもまた、そうした読者たちの感性や価値観による拘束を受けることになるだろう。

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 ビクトル・エリセ監督の映画『ミツバチのささやき』(1973年)は、明らかに子供が描いたとわかる12枚の絵から始まる。芸術家たちは作品の冒頭にさまざまな意匠を凝らし、観る者をたちまちのうちにフィクション空間へとひきずりこむ。
 小説の「始まり」においても同じことが言える。多くの場合、作家が想定している読者は、同時代に生きている生身の人間である。いきおい、小説の始まりもまた、そうした読者たちの感性や価値観による拘束を受けることになるだろう。

 フランスの文学理論家ジュラール・ジュネットは、小説の叙法について「焦点化」という術語を提案している。「焦点化」とは、設定された知覚・認識上の位置(焦点)に応じておこなわれる「情報の選別」であり、情報を制禦する度合いによって次の3タイプに大別される。
 俗に「神の視点」と称される、情報の制限がおこなわれない位置をカメラの絞りが解放されている状態にたとえて「焦点化ゼロ」。そして、焦点が設定された作中人物が知覚し思考する情報だけが提示される「内的焦点化」。さらに外から観察可能な表面的情報のみが提供される「外的焦点化」である。

 そしてジュネットは、1885年に重大な「転回」があった、という。
 1885年以前の小説の出だしでは、「外的焦点化」が採用され、俯瞰的な描写のなか主人公は読者にとっても語り手にとっても「未知」の人物として登場し、それがやがて名指しされる。しかし、1885年以降では多くの作家で180°の「転回」が起き、主人公は小説冒頭から姓名で指し示され、始めから「既知」の人物として導入されるようになる。改めて読者に紹介されることもなく、主人公はいきなり動き回り、彼が知覚しうる範囲で外界が、あるいはその内面が描写されていく。
 いわば、〈外的焦点化+未知〉から〈内的焦点化+既知〉への「転回」が1885年に起きた、というのがジュネットの主張である。

共時的に出現する感性の変容

 エディソンやリュミエール兄弟による映画(キネトスコープとシネマトグラフ)の発明もまた19世紀の末であり、ジュネットのいう「転回」は、映画の影響によるものだと考えられることが少なくない。なぜなら、疑いもなく映画はそれまでの見世物(スペクタクル)の様式、叙法まで、すべての定義を書き換えたのだから。

 しかし、事態はそれほど単純ではなかった。

 松林のはるか向こうに夕陽が炎の帯をひろげ、その帯のうえに松の幹がブロンズの円柱のように浮かび上がっていた。[……]一人の男が小道を、その場所と時間の詩趣と隠逸を享受しようとするかのように極めてゆっくりと下っていた。(El Cisne de Vilamorta, 1885)
 どんなにその馬に乗った男が、力の限り一本の手綱にしがみつき、なだめすかす言葉をささやき押し止めようとしても、毛深いやせ馬は、五臓六腑をバラバラにするような小走りで執拗に坂を下ろうとし続けたのだった。(Los Pazos de Ulloa, 1886)
 アシス・タボアダが夢の縁から抜け出たと認識した最初の徴候は、きわめて鋭いドリルによってこめかみを右から左へえぐり抜かれるかのような痛みだった。(Insolación, 1889)

 エミール・ゾラ(1840-1902)やヘンリー・ジェイムズ(1843-1916)、そして上に引用したエミリア・パルド=バサン(1851-1921)の小説群。この時代の小説冒頭を緻密に検証していくなら、書き出しの「トポス」(定型的な表現)は決して直線的に「転回」などしていないことに気づく。むしろ、作家が、さまざまな可能性を模索し、それまでの修辞学(レトリック)による縛りを抜け出しみずからのスタイルを発展させていくなかで、多様な形で新しい「トポス」が生成されていくさまを目の当たりにすることになる。

 そもそも、リュミエール兄弟による映画の発明は1895年であり、これらの「転回」はそれに10年も先立っている。
 この時代は、驚異の過渡期にあった。19世紀初め、西洋を席巻したのは「パノラマ」である。巨大な円形ホールの内壁に切れ目なく360°の絵画が描かれ、中央に立った観客は薄暗がりのなか、たとえばロンドンやパリといった一都市全体のパノラマ的眺望を愉しんだ。
 しかし、変化のないパノラマはしだいに飽きられ、新しい「ラマ」のつく数々の見世物、とくに「ものの動き」を見せる視覚装置に取って代わられる。が、そのすべてを飲み込んだのが「映画」である。新しい技術、新しいメディアが登場し、大きな衝撃(ショック)を受けた人びとの感性が劇的な変容を遂げたかのように見える。

 だがけっして、映画の登場によって、小説の語りが突然「転回」したのではなかった。
 時代の集合的無意識とでも呼ぶべきものが変容し、その変容が、視覚芸術においては映画や印象主義として現れ、文学においては小説の叙法の変化に顕在化した。
 そのように考える方がはるかに自然であるように思われる。

事象そのものを見つめること、そして疑問をもつこと

 こうした小説の「始まり」がどのように変化したのか。実際にこれらの小説を並べて見てみるなら、ほんとうは誰しもが「疑問」を感じるのではないか、と思う。
 巷間に言われていることや「常識」とされること、誰かが言ったこと。そんなものは鵜呑みにすべきではない。あくまで自分の目で特定の事象(ファクト)を見出すこと。そして、その事象を追いかけ「これはあれとは違う。なぜだろう?」とたえず素朴なクエスチョンを抱き、その「なぜ」を大事にして暮らすこと。そうすることで初めて、世の中で「自明」とされている考え方、安定的な考え方に、〈揺さぶり〉をかけることができるのではないか。

 自分の感じ方よりも世の中の考え方を優先させながら、事象に相対するのではつまらない。まず自分の目で見、五感で感じること。ほんとうは、そのようなプロセスを通してしか、自分が心から「面白い」と思えること、自分を賭けられるものを発見できないのかもしれない。

掲載内容は2013年11月時点の情報です。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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