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写真を凝視し、鋭い批判精神としたたかな思考力を鍛えよ

明治大学 理工学部 総合文化教室 教授 倉石 信乃

写真を凝視し、鋭い批判精神としたたかな思考力を鍛えよ

緒に着いたばかりの写真史

 日本が近代化を歩み始めた幕末の開港。ほどなく、主に開港都市から次々に写真師が登場してくる。それからおよそ150年。日本では長く写真は芸術とは別物として扱われてきたが、1980年代後半あたりから、美術館での展示と収集の対象として、写真作品が重要な位置を占めるようになる。その頃から、私は美術館の学芸員として写真研究を始めた。
 個別の時代ごと、写真家ごとに研究成果があり、通史としての「写真史」の構築も試みられてきた。しかし、写真が生まれる時代背景や政治的力学、地域の文化や風土、先行する芸術ジャンルである絵画との関係など様々な観点を交えて立体的にその歴史を考察することは、まだ緒についたばかりである。
 今年『日本写真の1968』(注1)という展覧会が東京都写真美術館で開催された。戦争、革命、暗殺など、世界的にも物情騒然とした状況にあった「1968年」と写真との関わりに焦点をあてた企画展だ。1968年は、日本初の本格的な写真史の展覧会「写真100年—日本人による写真表現の歴史展」が開催された年でもある。その頃までに、近代写真が追求してきた写真メディアの独自性や、「写真史」に対する活発な議論が始まっていた。

発見を待つメディア

 1968年前後は、写真を制作する主体のあり方について、根底的な批判があらわになった時代でもあった。それは近代的な自我という神話への疑義や、芸術家・表現者の優越的な権力への批判であった。したがって、アノニマス(無名的)であることが尊ばれた。先鋭的な思考を持った写真家ほど、いかに自作へ「アノニマス性」を盛り込むかに腐心した。当時は集団制作の試みが多く見られた一方、明治初年の「北海道開拓写真」など、アーカイヴに眠っていた、あまり有名ではない撮影者による、あるいは撮影者不詳の記録写真を発掘して評価する向きもあった。現代の写真を考える上で、こうした試みの持つ意義は大きい。
 2012年春からの1年をハワイ・オアフ島で過ごした。オアフ島のワイキキはいまや観光ホテルの林立する繁華街だが、元は低湿地で先住民はタロイモを栽培し魚の養殖池を設けた。19世紀半ばに中国人が移住して稲作を持ち込み、日本人移民が引き継ぐが、やがて衰退すると観光地として白人が大規模に開発した。現在の風景から土地利用の変遷を見出すのは困難だが、古いワイキキの記録写真の中には、タロイモ畑や水田の写真の映ったものが残っている。それらの写真には、その土地を誰がどのように利用し、支配していたかの一端が如実に記録されている。
 ハワイに限らず、「中央」から離れた地には、剥き出しになった歴史と政治の記憶がかえって、写真の形でいまに残されていることがある。日本でも政治的、経済的に中心から遠く離れた土地には、歴史と政治の傷を刻印しながらなお、豊かな文化が息づいており、その一端を写真が証言している。すなわち、沖縄に、東北に、北海道において。そして土地の記録の重要な部分をアノニマスな主体が担っている。そこには、負の部分を多く含む日本近代の骨格がかいま見える。
 昨年春に完結した『沖縄写真家シリーズ 琉球烈像』(注2)のうち何冊かの解説を担当した。沖縄はアメリカと日本による暴力的な支配と統治に翻弄される中で、たえず「被写体」となってきた。しかしそうした状況に対して沖縄の写真家たちは自分たちの眼差しを突きつけることで、アノニマスな人々の声を響かせようとしてきた。その一端を『沖縄写真家シリーズ』は紹介している。そこには沖縄戦で犠牲となった死者の声も含まれるだろう。
 地域で生まれた写真をたどっていくと、写真がエフェメラルな(Ephemeral、つかの間の、移ろいやすい)ものでありながら、同時に寝かせておくことによって新たな価値を帯びる存在だと強く感じる。写真は、「発見を待っている」メディアでもあるのだ。

瞬間の記録から時代を超える記録へ

 写真が誕生した時代には、カメラから感光剤までハンドメイドだった。現在では誰しもが気軽に短時間に大量の撮影ができ、それを簡単にモニターで見て楽しむことができる。だが気になるのは、しばしば写真家に、自分は被写体を忠実に記録しているのであって、その中に何を読み取るかは受け手に任せる、というような態度が見られることだ。写真家だけでなくカメラを持つ者が、目の前の現実に対してなんの責務を感じないですむのは、悪くすると、映像の簡便さがもたらした精神の貧困かもしれない。
 現在、明治大学理工学部では1、2年生に向け、少人数のゼミ形式の授業「総合文化ゼミナール」を設けているが、私は学生自身に写真集を制作してもらう授業を行っている。いまの若者は携帯やスマホやデジカメで写真を撮ることに慣れており、いい写真がどんどん撮れる。そのスピード感はいい。しかし、目の前の現実を熟考して撮ること、凝視する眼差しも重要である。無論それは自分を凝視する契機にもなる。即効性を求める移ろいやすい現代だからこそ、まずはじっと現実を、そして写真を凝視し、鋭い批判精神としたたかな思考力を鍛え、このでたらめな世の中を生き延びていってほしい。

(注1)http://syabi.com/contents/exhibition/index-1870.html参照
(注2)http://www.miraisha.co.jp/np/searchresult_books.html?ser_id=53に内容紹介

掲載内容は2013年8月時点の情報です。

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