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間違える可能性があるから、発見や進歩の可能性がある。

柴﨑 文一 柴﨑 文一 明治大学 政治経済学部 教授

間違える可能性があるから、発見や進歩の可能性がある

社会科学のための哲学

 政治経済学部に私は所属している。だから講義では、政治学や経済学といった社会科学を専攻する学生に、興味を持ってもらえるようなテーマを扱うように心がけている。
 日本では哲学というと、プラトンであったり、カントやヘーゲルといった偉大な哲学者の思想を研究する分野のように思われているところがある。しかし、こういう古典の解説をそのまま行っても、社会科学の学生には、おそらく魅力もないし、それほど役に立つとも思えない。だから私は、哲学の歴史的な展開過程のようなことにはこだわらず、西洋思想の根底にある世界観や価値観を、時に古典の言葉を借りつつ、基本的には私自身の視点から論じるようにしている。

「見る」ことが科学の本質だ

 社会科学でも、自然科学でも、西洋の学問は「理論」の構築を第一の目的とする。理論は英語でtheoryだが、この言葉はギリシア語のテオリアに由来し、テオリアはテオレオ、すなわち「見る」という動詞から来ている。
 今日の社会科学や自然科学と、古代ギリシアの哲学とは、相当に異なったものであることは当然だが、現在の諸科学につながる学問の枠組みを定めたのは、古代ギリシアのアリストテレスである。そして彼は、「見る」ことを学問の基盤にすえた。だから現代でも科学は、素粒子から宇宙の果てまで、徹底して「見る」(テオレオ)ことにこだわり、観察や実験を行って、その結果を「理論」(テオリア)として提示しようとするのである。

科学は、間違えるから進歩する

 観察や実験の結果から、一般的な原理や法則性を導き出す考え方を帰納法という。科学はこの帰納法を基盤として成り立っている。
 今、ポケットの中に十円玉が五枚あるとしよう。ここから一枚を取り出せば、それは十円玉に決まっている。このように、あらかじめ定められた前提から、矛盾なく結論を導き出す考え方を演繹法という。五枚の十円玉から一枚を取り出すとき、それは十円玉に決まっているので、ここには間違いや例外の余地がない。演繹法は、必然的で普遍的な論理の形式なのだ。
 世の中には、この演繹法こそが合理性の根幹だと思っている人がいる。そう思うことは自由だが、演繹的な思考法から科学は生まれない。
 自然を観察したり、実験したりすることは、どんなに繰り返そうと、有限回のことであり、つねに完全であることもできない。つまり科学は、人間の有限で不完全な経験に基づいて、自然界の法則性を導き出していることになる。だから科学は、間違える可能性をいつでも持っている。しかし、間違えることがあるからこそ、その間違いを修正したり、それまでは気づかなかったことを明らかにしながら、科学はさらに進歩することができるのである。五枚の十円玉から一枚を取り出せば、それは十円玉だという論理には、確かに必然性と普遍性があるかもしれないが、ここには新しい発見や、さらに知識を発展させて行く余地はないのである。
 ところで、ポケットの中にある硬貨が五枚であり、それがすべて十円玉であるということの確かさは、何によって保証されているのだろうか。

「不思議だ」と思う心を取りもどそう

 誰もが子どものころは、世の中の様々な事物を見て、「不思議だ」と思う心を持っていた。ところがいつしか、そういう気持ちを忘れてしまい、何を見ても「不思議だ」とは感じなくなってしまう。こうして人は、知識を自分から得ようとはしなくなり、「知識は与えられるものだ」と思うようになってしまうのである。しかし、こういう心が「知る」ことの喜びを感じることはなく、ましてや創造的な発想を生むことなど決してない。
 中学、高校と、目前の受験にしばられた学習環境の中で、「知る」ことは、喜びどころか苦痛以外の何ものでもない、とさえ思うようになった学生諸君も少なからずいるに違いない。大学の四年間を「知る」ことの喜びで満たされたものとするかどうかは、君たち一人ひとりの心持ちにかかっている。「不思議だ」と思う心をもう一度取りもどそう。それだけで君たちの四年間は、必ず充実したものになる。大学は、不思議なものでいっぱいなのだから。

掲載内容は2013年2月時点の情報です。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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