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ダイナミックに変化を続ける中国の日本人像

明治大学 理工学部 教授 (2013年4月より現職) 林 ひふみ

ダイナミックに変化を続ける中国の日本人像

中国はひとつではない

 「中国」は、日本人から見ると、統一された一つの大きな国と考えられがちだが、実はこの広い国土は文化が異なる地域の集合体と考えたほうが実像に近い。一国でヨーロッパのような大陸だと考えると、実像に近いかもしれない。
 中国国内で使われる言語が何種類あるのかは、学説が分かれている。多数を占める北方語は標準語・共通語の位置を占めて8億人以上の話者がいるとされるが、実際はその中にも方言がある。ほかにも地域によって多くの言語がある。私は旅が好きなので、最初は北京外国語学院で学び、次いで広東省の中山大学に移った。この二つの地域では、言語がまったく違っていて、双方が固有の言葉で会話する限り、意思疎通が困難なほどだ。
 日清戦争による台湾割譲や日中戦争、その後の文化大革命、改革開放政策と、中国は激動の時代を経てきた。そのため世代によって意識が異なり、日本に対する見方にも違いがある。

「日本鬼子」のトラウマ

 中国語映画には、中国大陸、台湾、香港で撮られた作品が含まれる。
 映画技術は1895年にフランスで発明され、日本や中国には翌1896年に持ち込まれた。1905年11月には、中国で最初の映画が制作された。1895年は日清戦争が終結し、台湾が日本に割譲された年である。その後、1931年の満州事変を経て翌年には満州国の樹立、1937年の盧溝橋事件から始まる日中戦争、内戦、文化大革命と中国にとって受難の時代が続いた。
 日本軍の支配が広がるのに伴って、「抗日映画」と呼ばれる作品群が登場してくる。合計すると、100本以上もあるといわれる。
 しかし奇妙なことに、「抗日映画」には、中国人から「日本鬼子(リーベングイズ)」と怨嗟された日本軍や日章旗がほとんど出てこない。その理由の第一は日本軍による直接の抑圧だが、ほかにも日本政府が上海租界の欧米勢力に働きかけて圧力を加えさせたこと、国民党政府が共産党の宣伝活動に利用されることを嫌って制限し、という三つの圧力があった。
 この時代を代表するのは、「風雲児女(嵐の中の若者たち)」(1935年、許幸之監督)という作品である。あらすじは、満州事変後の上海を舞台に、若い作家と有閑マダムとの恋の駆け引きが展開されるのだが、戦火が北京に迫る状況に直面して、青年は救国戦線に身を投じるというもの。ここで主題歌として歌われるのが「義勇(軍)行進曲」。歌詞は脚本も書いた田漢(ティオン・ホン)によるもの。時代背景から、「抗日戦線に決起せよ!」という強烈なメッセージであることは明らかだが、「敵」という表現に止め、「日本」と名指ししない配慮がなされている。ちなみに大陸中国が共産党によって統一されると、この歌は中華人民共和国の国歌として現在も歌い続けられている。
 中華人民共和国が成立すると、共産党の路線に沿った「抗日映画」が多数制作されるようになる。そこに登場してくるのは「滑稽な日本人」だ。中国人に対して残虐だが、同時に大酒飲み、好色、幼稚で、最後には共産党ゲリラに倒される。この日本人像は、中国政府が共産党による統治を正当化するために作り出されたものである。

第五世代の映画監督たち

 1960年代半ばから約10年にわたって続いた文化大革命は、中国映画にとって不毛の時代だったが、1980年代の半ばから、中国では第五世代と呼ばれる映画監督たちが台頭し、海外でも注目されるようになる。
 これらの映画人は、1978年に北京電影学院に入学し、1982年に北京電影学院を卒業している。代表的な監督は、日本でも知られる陳凱歌(チェン・カイコー、1952年8月生まれ)や北京オリンピックの開会式を演出した張藝謀 (チャン・イーモウ、1951年11月生まれ)など。
 彼らは『黄色い大地』(1984年、陳凱歌監督、張藝謀撮影)、『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年、陳凱歌監督、カンヌ映画祭パルムドール大賞受賞)、『紅いコーリャン』(1987年、張藝謀監督、ベルリン映画祭金熊賞受賞)などの作品で注目され、国際的な映画賞を数多く受賞した。
 『鬼が来た!』(原題は『鬼子来了』、2000年、姜文(チアン・ウェン)監督)には、日本人俳優の香川照之が出演し、日本兵と中国農民との、奇妙な友情と悲劇が描かれている。同作は、日本人を画一的な「日本鬼子」としてではなく、文化や習慣にも注目して描いている。そうした中で2005年には、高倉健主演で日中合作の『単騎、千里を走る』(張藝謀・降旗康男共同監督)が制作されている。

成り上がり「ジェントルマン」を区別する指標

 上で述べたような、美学論や批評論の発展としてテイストが盛んに論じられるようになった一方、この世紀のテイスト論の隆盛の背景には、成り上がりジェントルマンたちの上流社交界への参入という社会的状況があった。語源からすると “gentleman”は、本来は紋章を持つことを許された「名門の家柄」の者を示す階級指示語であった。それが次第に変質を遂げて、18世紀までには「有徳で穏和」という個人の人格的な特性を示す語になっていった。17・18世紀にロンドンを中心とした裕福な商人達が上層中流階級を形成し、自らジェントルマンと称し、上流社交界に進出してきた。新興のジェントルマンたちは豪壮な邸宅を構え、豪華な衣装に身を包むようになる。外見では、本来の上流階級のジェントルマンとの区別がつきにくくなる。しかし、テイストは、有徳で穏和な人格や洗練された立居振舞い、教養などと同様、当時は専ら上流階級の人間だけに許された文化的環境や伝統の中で育まれ獲得されるものであったため、付け焼刃の利かない育ちのよさを示すものであった。したがって “good taste”が真のジェントルマンの資格要件と看做され、成り上がりジェントルマンの素性を暴露する試金石になったのである。 “good taste“を身に付けようと必死になっているさまは、当時の雑誌を見るとわかる。「上流社交界の人間は誰も彼もわれこそは一流のテイストの持ち主だと思われたがっている。この野心的情熱は現代にあまねく蔓延している熱病である」と嘆かれている。誰もが勝手なテイスト概念を振り回していたようで、別の雑誌では「驚くほどテイストが氾濫する中で、テイストの実体が何であるか、つまり、テイストという語が一体何を意味しているのか、わかっている者はほとんどいないといってよい」と皮肉られている。18世紀イギリスにおけるテイスト論の隆盛にはこうした社会的背景もあったのである。

過去と現在の和解

 2008年、中国と台湾で空前のヒット映画が生まれた。
 中国の作品は、『狙った恋の落とし方』(2008年、馮小剛監督)というラブストーリーで、後半は三人の男女が北海道の東部を旅していく。ここには日本映画、特に高倉健が出演した作品の影響がある。劇中には『知床旅情』や『昴』といった日本の歌謡曲も挿入され、この映画がきっかけになって、中国で北海道ツアーのブームが湧き起こった。
 高倉健には『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年、佐藤純彌監督)など北海道を舞台にした作品があり、1980年代の中国で大ヒットしたため、観客のノスタルジーをかきたてたのだ。
 台湾で興行収入5.3億台湾元という空前のヒットとなった『海角七号 君想う、国境の南』(2008年、魏徳聖(ウェイ・ダーション、1969年生まれ)監督)は、1940年代、台湾最南端の町に赴任した日本人教師が、台湾人の教え子と恋に落ちるが、敗戦のため彼女を台湾に残して、日本に引き上げてしまうところからドラマが始まる。日本に向かう7日間の航海で、教師は毎日一通ずつ恋文を書き綴った。それから60年の歳月が過ぎて、すでに死亡してしまった日本人教師の娘が父親の残した7通の恋文を発見し、そこに記されていた住所に宛てて郵送する。この映画ではシューベルト作曲の『野ばら』が、過去と現在、日本と台湾を結び付ける象徴として、日本語と中国語二つの言語で歌われ、大きな感動を呼んだ。

掲載内容は2012年12月時点の情報です。

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