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知性のスイッチを常にONにして、映画の潜勢力を汲み取る

瀬川 裕司 瀬川 裕司 明治大学 国際日本学部 教授

知性のスイッチを常にONにして、映画の潜勢力を汲み取る

研究者としての経歴

 子供のころから読書好きで、毎日一冊以上の本を読んでいたが、映画をひとりでよく観に行くようになったのは、中学に入学した頃からである。東京大学の教養学部時代には、<年間百本以上の映画を観ていること>を参加条件とする映画ゼミナールに参加を許され、映画文化を研究対象とし、知的に論じることに興味を抱くようになった。近年では、多くの大学で映画関係の授業が実施されるようになり、映画を学べる学科やコースも珍しくなくなってきたが、ひと昔前の大学では、映画を対象にした研究や講義はめったになく、東大にも、映画についての専門教育をおこなう学科・研究科はなかった。私は3年次からは文学部独語独文学科に進学し、主として20世紀ドイツ文化について研究をおこなった。東大大学院の博士課程に在籍していた87年には、奨学生としてベルリン自由大学に留学する機会にめぐまれ、集中的に映画を研究することができた。この時期に、まだ〈壁〉に囲まれていたアナーキーな都市、西ベルリンで年間千本以上の映画に接し、毎晩のように現地の映画ファンや研究者と語り合ったことは、現在でも貴重な財産となっている。
 帰国後、89年には横浜国立大学教育学部の専任講師として採用され、同助教授を経て、97年には明治大学理工学部に助教授として赴任した。同学部教授を経て、2008年度に国際日本学部が開設されるとともに移籍し、現在は同学部および大学院において、映画関係の講義・ゼミを開講している。

ビリー・ワイルダーとレーニ・リーフェンシュタール

 学部の講義では、「映画史概論」と、「映像文化論」を担当している。「映画史概論」は、1895年の映画誕生から現在の映画にいたるまでの映画技術や表現の変化を、代表的な作品を鑑賞しながら論じる講義である。一方の「映像文化論」では、前期はビリー・ワイルダー、後期はレーニ・リーフェンシュタールという20世紀を代表する重要な映画作家の作品を集中的に研究している。日本では、ビリー・ワイルダーはコメディーを中心とする単なる娯楽映画の監督と思われがちであるが、彼はあらゆるジャンルに挑戦し、しかもそれぞれの作品が各ジャンルの代表的作品とみなされているような、高度な技術を誇った特権的な映画人である。一度観ただけではけっして気付けないようなさまざまな仕掛けを随所に施し、全編の中で無駄なカットがひとつもないと言われるほど緻密なシナリオを作成するワイルダーの諸作品からは、模範的な映画技術の実例を学ぶことが出来る。もうひとりのレーニ・リーフェンシュタールは、ナチの映画政策に協力したことによって〈もっとも呪われた映画作家〉とも呼ばれている人物である。彼女には、誰も否定することのできない美的センスや映像構成力・編集力があり、ナチ党大会の記録映画やベルリン五輪の記録映画は、製作当時は世界の広い地域で賞賛されたものである。しかし第二次世界大戦後は、ナチに協力したという一点を追及されて、リーフェンシュタールは芸術家としての活動を禁止されてしまった。だが彼女は、のちに写真家としてみごとに復活をとげる。授業では、彼女の関係した映画作品を鑑賞しながら、<映画と政治>の関わりや<ファシズムと文化>という問題について考察をおこなっている。

学生諸君に伝えたいこと

 映画が誕生してから120年近くが経過し、最新式のCGを駆使した3D映画に至るまでの発展には目を見張るものがある。だが技術が進歩するにつれ、受け手の側の感性は衰えていないだろうか。近年の映画はあまりにもサービス精神に富んでいるため、観客は思考を停止し、映画が自分を楽しませてくれるのをただ待とうとしてしまう傾向が強いのだ。
 授業中に、映画作品について学生諸君に意見を求めると、たいていはストーリーへの感想に終始し、それ以上のコメントを聞くことはできない。だが、映画から物語だけを抽出して満足する、という姿勢はきわめて貧困なものである。それがどんな社会的・思想的背景のもとに、どのような映画作家によっていかなる演出・技術で撮られた作品か。注意深く観察し、思考をするならば、それまでは見えなかった多くのものが見えてくるはずだ。重要なのは、けっして知性を眠らせず、作り手による操作に安易に身を委ねず、研ぎ澄ませた知性を武器として対象に切りこむことである。

掲載内容は2012年11月時点の情報です。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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