明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

「近代」は超克されたのか ―現代日本の課題解決の指針

明治大学 経営学部 教授 小林 信行

「近代」は超克されたのか現代日本の課題解決の指針

ドイツロマン主義の再発掘

 18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパは、近代へと向かう激変の時代にあった。やがてロマン主義として開花していく。ロシア帝政下のラトビアに生まれたユダヤ系の政治哲学者で思想史家でもあるアイザイア・バーリン(注1)は、イギリスの産業革命、フランス(政治)革命と同じように、ドイツのロマン主義が近代への扉を開く大きな原動力であった、と述べている。
 ドイツのロマン主義(的)革命運動は、イエナが中心だったため、初期ロマン派には、イエナ・ロマン派という別名がある。ハーマン、ヘルダー、そしてカント、シラーなどによって穏やかに主張された「革命」あるいはロマン主義的潮流は、そこに介入したフィヒテが巻き込んだシュレーゲル(注2)によって、一気に過激な「手綱を解かれたロマン主義」へと変貌していく。ドイツの近代は、モデルネ(moderne)と呼ばれる。

シュレーゲルの再発掘

 哲学への志向を強く持っていたシュレーゲルは、イエナ大学で哲学も講義していたが、ヘーゲルやシェリングらからは浅薄な哲学と非難され、哲学界からは黙殺された形になっていた。日本ではドイツ観念論の影響が強く、ドイツロマン主義というと、文学、あるいは「ロマン派」という音楽がすぐに連想される。しかし、フィヒテの後期知識学や、シェリングの後期哲学にはロマン主義の影響が見受けられる。ゲーテはロマン主義に対して批判的はあったが、自身の作品や疾風怒濤期(注3)の文学・哲学理論の形成には大きな影響を受けている。
 ドイツロマン主義の哲学的思索については、後にヴァルター・ベンヤミン(注4)がその重要性を発掘して再評価している。

ユダヤの民族性と国際性

 ロマン主義は、それ以前の教条主義、古典主義に対向する概念で、アメリカの哲学者アーサー・ラブジョイ(en:Arthur Oncken Lovejoy)によると、1780年から1830年ということになる。しかし、これに続く「近代」が、果たして現在は終焉しているのか、あるいはまだその延長上にあるのかは、大きな論争のテーマになっている。「第二の近代」という言葉もあるように、完全に近代が超克されたかどうかについては、多くの論争がある。
 シュレーゲルは、妻(注5)がユダヤ系であったこともあって、ユダヤ人社会に強い関心をもっていた。ユダヤ、とくにラトビア系ユダヤ人とドイツ人とは、12世紀の十字軍に端を発して、ドイツ騎士団の殖民以来1000年にわたって国境線を争ってきた。
 ユダヤ人のアイデンティティーは、喪失した故郷にまつわる固有の民族性と世界の各地に分散していった国際性とを同時に併せもっているところにある。

魔法使いの弟子、ゲーテと現代日本

 現在、環境倫理学という講義をもっている。
 ゲーテに『魔法使いの弟子』という作品があって、ポール・デュカ(Paul Abraham Dukas) の音楽作品やウォルト・ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』に使用されたことで有名だ。あらすじは、十分に魔法を体得していない弟子が師匠の呪文を真似て、箒に水汲みをさせるが、止める呪文を忘れて大騒ぎになり、師匠に止めてもらう、という話。この詩には、環境問題などの問題を連想させるものがある。現代の日本では原子力発電所の事故にも通ずる問題も含んでいる。
 古典として伝えられている作品には、今日の諸問題にとっても重要な意味が含まれていることが多い。そこから自分自身の嗅覚を駆使して、さまざまな含意を嗅ぎ取ってもらいたい。

(注1)
Isaiah Berlin、1909・6・6 _ 1997・11・5、1919年以降はイギリスに暮らす
(注2)
フリードリヒ・シュレーゲル(Karl Wilhelm Friedrich von Schlegel, 1772・3・10-1829・1・11)は、ドイツの初期ロマン派の思想家・文芸評論家・詩人・小説家。文学者・哲学者・文献学者として知られるアウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲルの弟。ロマン主義理論と思想研究は、19世紀のドイツ文学界に多大な影響を与えた。妻のドロテーアは、啓蒙思想の哲学者・モーゼス・メンデルスゾーンの娘。兄と同様にサンスクリットにも通じており、東洋思想にも理解を示していた
(注3)
ドイツ語の「シュトルム・ウント・ドランク(Sturm und Drang)」の和訳で、本来のドイツ語は「嵐と衝動」を意味する。18世紀後半のドイツでの革新的な文学運動や、そのような運動に象徴される時代を指す。後のロマン主義に繋がる時代で、代表的な作家としては、ゲーテやシラーなどがいる。
(注4)
ヴァルター・ベンヤミン(Walter Bendix Schönflies Benjamin1892・7・15 – 1940・9・26)は、ドイツの文芸評論家。思想家、翻訳家、社会学者としても知られる。第二次世界大戦中、 ナチスの追及を逃れて、ピレネーの山中で服毒自殺したとされてきたが、暗殺されたとする異説も唱えられている
(注5)
Dorothea Friederike Schlegel 父は、ドイツ啓蒙主義の哲学者・モーゼス・メンデルスゾーン

掲載内容は2012年9月時点の情報です。

雑誌『ユリイカ』掲載「明治大学ソリューション」の関連記事

日本のこころへ目を向けよう ―お地蔵さんが語るもの

2014.3.1

日本のこころへ目を向けよう ―お地蔵さんが語るもの

  • 明治大学 国際日本学部 教授
  • 渡 浩一
境界線(ボーダー)の向こうから来る精霊たち

2014.2.1

境界線(ボーダー)の向こうから来る精霊たち

  • 明治大学 文学部 教授
  • 越川 芳明
暮らしに耳を傾ける そこからコミュニケーションは始まる

2013.12.1

暮らしに耳を傾ける そこからコミュニケーションは始まる

  • 明治大学 農学部 准教授
  • 高瀬 智子
社会に応答(レスポンス)する市民へ ―革命を超えて

2013.12.1

社会に応答(レスポンス)する市民へ ―革命を超えて

  • 明治大学 経営学部 准教授
  • 折方 のぞみ
共時的に現れる感性の変容に気づくために

2013.11.1

共時的に現れる感性の変容に気づくために

  • 明治大学 法学部 准教授
  • 大楠 栄三

Meiji.netとは

新聞広告連動企画

新着記事

2019.08.21

地方自治の権限の拡大によって、現代型民主主義は進化する

2019.08.07

生物化学は、「より良く生きるための医療」に貢献する

2019.07.31

万葉集に由来する「令和」に込められた、時代にふさわしい願い

2019.07.24

使い心地の良い道具は、道具ではなくなる

2019.07.17

フランス人はなぜデモを続けるのか

人気記事ランキング

1

2018.05.23

衰える結婚、止まらぬ無子化 ――このままでは日本の未来が失われる

2

2019.08.07

生物化学は、「より良く生きるための医療」に貢献する

3

2019.08.21

地方自治の権限の拡大によって、現代型民主主義は進化する

4

2015.10.21

うつ病の対処に必要な「援助希求」という能力

5

2014.09.01

緊急提言、人口減少社会に歯止めをかける ―方策は少子化対策、社会…

Meiji.net注目キーワード

【注目!】連載コラム