2024.03.21
- 2018年2月2日
- リレーコラム
#5 改憲を問う国民投票のまえに知っておくべきことは?
辻村 みよ子 明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授(2020年3月退任)日本国憲法の特徴である「平和的生存権」の意義を考えよう
世界各国の憲法で謳われている平和主義の特徴は、7つの型に分類することができます(右記の図表参照)。このなかで、最も多いのが、第1類型の抽象的な平和条項をおく国です。その他、侵略戦争や征服戦争の放棄を明示する国、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄を明示する国、中立政策の国、核兵器や生物兵器等の禁止を明示する国、軍隊の不保持を明示する国などがあります。そして7番目として、唯一、戦争放棄と戦力不保持に加えて「平和的生存権」を明示するのが日本です(世界の憲法については、辻村『比較憲法(第3版)』岩波書店、近刊、第XI章、辻村前掲『比較のなかの改憲論』岩波書店、第5章を参照して下さい)。
日本国憲法の前文に謳われている「平和的生存権」とは、私たちは平和で安全な環境のなかで生きる権利がある、という新しい人権(第3世代もしくは第4世代の人権)の考え方です。つまり、戦争とは、それ自体が重大な人権侵害であり、戦争を起こさないということが、もっとも根源的な人権保障であるということです。このことを、日本国憲法が70年以上も前に明示したことの先駆的、国際的意義は非常に大きいといえます。
現在では、国連も、人間の安全保障や平和の権利を重視するようになり、その観点から軍縮を目指しています。もう、国権の発動として戦争を起こすという時代ではないのです。こうした「平和的生存権」を日本国憲法は世界に先駆けて取り入れ、それを国の基本方針としてきた、世界で唯一の国が日本なのです。この意義を、日本国民自身がもっと認識するべきだと思います。
もちろん、こうした理念とは裏腹に、世界では紛争が絶えません。そのため、国際連合平和維持軍(PKF)が派遣されているのが現実です。では、その現実に私たちはどう向き合ったたら良いのか。それを考える「よすが」となるのも、憲法だと思います。もちろん、現在の日本国憲法はすべて正しいもので、改正などしてはいけないと言っているわけではありません。まずは、なぜ改憲が必要なのかを考えることが重要です。例えば、自民党の2012年の改憲草案では、「平和的生存権」を含む現在の前文がすべて削除されています。しかし、本当にそれで良いのか。それが現実に向き合う最良の方法なのか。軍縮・平和が希求されている21世紀の憲法のあり方から、考えることができます。そのとき重要なのは、私たち国民にとって、世界の未来にとって、何が必要なのか、何が大切なのかを、政治家に任せるのではなく、私たち主権者自身が考えることです。
さらに、改憲を主張する政党などからは、憲法改正手続には国民投票があるため、国民の意見を聞く機会として、もっと活用したほうがいい、という主張がされています。しかし、実際には、2016年6月にイギリスで欧州連合(EU)離脱の国民投票が行われた際に指摘されたように、想定されていた結果と異なる方向に誘導されることも可能です。ヒトラーなど独裁者のために国民投票が活用されてきたことも忘れることはできません。
とくに現在の憲法改正手続のための法律(いわゆる国民投票法)には、最低投票率の定めがないため、万一、当日の悪天候などの影響で40%位の低い投票率だった場合も、過半数の20%の賛成で憲法改正が有効に成立する仕組みになっています。仮に有権者の5分の1の賛成で重大な憲法改正が実現してしまうことなどは、あってはならないことでしょう(いわゆる「国民投票の陥穽」についても、辻村前掲『比較のなかの改憲論』岩波新書、第6章「国民投票は万能か」で述べていますのでご覧ください)。
これらの手続のことを含めて、今後は、憲法改正問題について特に慎重に考える必要があります。国民も、「友だちの危機を見過ごせない」とか、「隊員の心情を考えたら」など、ことの本質を隠すような論法に惑わされることなく、しっかりとした考えをもって行動しなければなりません。これらの論法が、実は、真に私たちのためのものではなく、「政治の論理」であることを見極めるのも、主権者である私たちの責任なのです。
#1 そもそも、憲法と法律はどう違うのか?
#2 日本の憲法改正手続は特に厳しすぎるのか?
#3 日本国憲法は「押しつけられた憲法」か?
#4 いまの憲法は「実態」に合わない?
#5 改憲を問う国民投票のまえに知っておくべきことは?
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。