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「解釈改憲」の積み重ねが、憲法に合わない「実態」を生んだ

改憲を主張する政治団体や政治家たちは、これまで、いまの憲法は「実態」に合わないので改憲が必要だと言ってきました。とくに戦力と武力の放棄を謳った9条を指しています(条文は、下記参考Aに掲載しています)。実際、9条では、戦争を放棄し、戦力も武力も、交戦権をも否定しているにもかかわらず、軍事費でみると世界第8位に位置する実力部隊(自衛隊)をもっています(ストックホルム国際平和研究所SIPRIの2016年度統計では、軍事費の多い順に、アメリカ、中国、ロシア、サウジアラビア、インド、フランス、イギリス、日本、ドイツ、韓国、イタリアと続きます。Military Expenditure Database参照。なお、2001年度には日本がアメリカ、ロシア、中国についで世界第4位になったこともあります。『日本の防衛』2003年、資料26参照)。

日本政府は、1946年には、9条2項で一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も交戦権も抛棄したと解していました(いわゆる9条2項全面放棄説)。しかし、自衛隊を創設して再軍備して以降、自衛のための最小限度の実力(自衛力)は持てると解釈し、自衛隊は戦力でも武力でもないと主張してきました。しかも、自衛の為であれば、核兵器も細菌兵器でももてる(1978年福田首相答弁)とまで述べてきましたが、反面、集団的自衛権だけは憲法違反である、という線を崩さないでいました(9条解釈や運用の展開については、辻村『憲法(第5版)』日本評論社、2016年、61頁以下をご覧ください。下記の参考Bの表参照)。

ところが政府は、2014年7月1日の閣議決定でこれを変更し、予め内閣法制局長官を交代させ、2015年4月に米国議会で約束して、同年9月に集団的自衛権を前提とした安保関連法案を成立させました。国会審議に際して、安倍首相は、乳児を抱いた女性の画を掲げ、友だち(同盟国アメリカ)が攻撃されたら見過ごせないという説明を行って、武力行使の必要性を示唆しました。北朝鮮などの脅威が出てきた近年では、一層、憲法9条は「実態」に合わないというわけです。

しかし、よく考えれば、さまざまな疑問がわくことでしょう。憲法9条は戦力を保持しないと謳っているのに自衛隊を配備した時点で、そもそも違憲だったのではないか? 個別的自衛権による専守防衛に限ると断言してきた一線を越えて、集団的自衛権を前提とした安保法制を認めたことは、他国にとって脅威になる実力を第三国のために行使できる点で、従来の政府解釈に照らしても違憲になるのではないか? などです。

そのため、日本では珍しく、連日、多くの市民が安保法制反対のデモに参加して、国会をデモ隊が取り囲みました。しかし政府は、いわゆる「解釈」によってこれらを合憲だと主張してきました。このような手法を「解釈改憲」と言います。つまり、憲法解釈の変更による合憲化を積み重ねることによって、実は違憲の状態が解釈では説明がつかなくなるギリギリのところまで進んできたのが、「実態」なのです。

そして今、その「実態」に合わせるように憲法の方を改正しようというのでは、あまりにも本末転倒ではないでしょうか。これからも、同じように違憲の政治を続けて、実態に合わなくなったら憲法を改正する、という論法では、今後も、ずっと、憲法が有名無実のものになってしまいます。最近、憲法学者や野党から「立憲主義が危機にある」といわれることが多くなったのは、このことを指しています。最初に述べた「権力を抑える檻」の役割(vol.1参照)を、憲法が果たせなくなるからです。

さらに、「憲法学者の7割も違憲扱いしている」自衛隊の隊員に対して、災害救助に「命を懸けろといっても通りません」という論法を用いて、安倍首相は9条に3項を加えて自衛隊を憲法に明記する提案をしました。ここでは、自衛隊員の心情を考えるなどとして、自衛隊を「合憲化するため」の憲法改正を主張しています。しかし、これにも問題があります。まず、憲法学者は、災害救助を行う自衛隊を違憲だと言っているわけではありません。自衛隊に世界有数の戦力を持たせ、集団的自衛権の名のもとに武力の行使を行わせ、専守防衛の枠を超えて同盟国のために戦争ができる国家にしようとしていることが違憲だと指摘しているのです。

しかも、憲法2項をそのままにして3項を加えても、2項との矛盾は消えるものではありません。それどころか、2020年のオリンピックまでに改正するという具体的日程まで示して改憲論議を急がせているのは、国会の3分の2の発議要件を満たしている間に、国民の理解を得やすい3項の追加で改憲の実績をつくりたいということだと思われます。いわば「お試し改憲」を足がかりに、次は9条2項の削除などを考えているとしたら、「怖い」論理だといえるでしょう。実際、9条2項を削除して国防軍をおくという改憲草案を2012年に自民党はつくっていますし、党の中では、9条2項を削除する案と、2項を維持したまま3項を追加する案に分かれているようです(自民党憲法改正推進本部「憲法改正に関する論点取りまとめ」2017年12月20日、参照)。

これに対して、国民は、戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認という日本の平和主義の規定を捨てて、9条を改正することについては、「改正を望んでない」という人のほうが多かったのです(少なくとも安倍首相が改憲提案をした2017年5月3日直前のNHK調査では、「憲法9条の改正は必要か」という質問に対して、「必要」と答えたのは25%、「必要ない」と答えたのが57%に及んでいました(NHK 世論調査「日本人と憲法2017」、NHK NEWS WEB 参照)。「9条が日本の平和と安全にどの程度役に立っているか」という問いに対しても、肯定的に答えたのは82%。「改憲の議論が深まっているか」という問いでは、「深まってない」と言う回答が67%でした。)。

もちろん、「解釈改憲」の状態を脱して、「明文改憲」をして「実態」と憲法を一致させた方がいいという考え方も、十分理由があります。しかし、そのような趣旨であれば、詭弁ともいえるような説明ではなく、正面から、9条の根幹を捨て去ってもいいのかどうか、という観点から、時間をかけて、国民全体の議論を深めるべきでしょう。その際に、これまで、9条があったために保つことができた事柄、例えば、攻撃型兵器の禁止、非核三原則、PKF参加回避や自衛官強制徴収制(徴兵制)禁止、防衛費の拡大抑止などは、いずれも憲法の抑止力による効果であったことを想起しておくべきでしょう。この9条を改正して2項を削除ないし空文化すれば、世界の中で「名誉ある地位を占める」(憲法前文)ことを第二次世界大戦の反省から示そうとした日本国憲法の趣旨は無になってしまいます。

仮に9条3項だけを追加し自衛隊を合憲化することだけであると説明されるとしても、先に見たように、違憲の疑いが極めて強い集団的自衛権の機能が付け加えられた状況で自衛隊を明文化した場合は、実際には、極めて重大な効果が伴うことになりえます。上記に列挙した事柄の変更以外にも、例えば、現在7000人もの市民が原告になって提起されている安保法制違憲訴訟なども、今後、すべて提訴もできなくなる可能性が高いことなどを知っておく必要があるでしょう。さらに、自衛隊を明記するだけであっても、諸外国の憲法と同様、実力組織をコントロールする規定を憲法のなかに書いておかなければならないなど、今後の課題は大きいはずです。

いずれにしても、国民の生命や生活に直接かかわる問題ですので、与党の議席数に任せて強行するのではなく、大多数の国民のコンセンサスが得られるまで、「熟議」を尽くすことが必要です。
これらのことをしっかり理解したうえで、皆で考え、議論しなければなりません。

次回は、改憲を問う国民投票のまえに考えておくべきことを述べておきましょう。

参考A 憲法9条
第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇
又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 参考B

参考B

 

#1 そもそも、憲法と法律はどう違うのか?
#2 日本の憲法改正手続は特に厳しすぎるのか?
#3 日本国憲法は「押しつけられた憲法」か?
#4 いまの憲法は「実態」に合わない?
#5 改憲を問う国民投票のまえに知っておくべきことは?

 

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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