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トランプ支持者たちに本当の救いはあるのか!?

  • 明治大学 政治経済学部 教授
  • 廣部 泉

アメリカのトランプ政権の誕生は、世界の歴史が大きな転換期を迎えていることを象徴する出来事だという指摘があります。それはどういうことなのでしょうか。また、外交の基軸をアメリカにおいている日本にとって、その転換期にあたってどのように対応していくべきなのでしょうか。

トランプ政権は、21世紀の新たな分断の象徴

 トランプ政権の誕生は、アメリカ社会の分断を象徴した出来事といわれます。確かにそうなのですが、実はアメリカ社会の分断はいまに始まったことではありません。例えば19世紀、東海岸に住む富裕層は高級紙を読んで様々な情報を得て暮らしていましたが、西部に住む人たちは毎日の労働に追われ、大都市で発行されていた新聞などを購読することもなく一生を送っていました。互いの交流などもなく、まさに分断された人たちが、選挙になれば、それぞれが頼みとする候補者に票を投じていたのです。こうした状態に変化が起きたのは、1920年代に入り、ラジオ放送が始まったことです。住んでいる地域や経済力にあまり関係なく、みんなが同じ情報に接するようになったのです。第2次世界大戦後になると、本格的にテレビの放送も始まりました。現代のような多チャンネルではありません。国民みんなが、ABCやNBC、CBSといった同じ放送を見聞きするようになったのです。このような状況は、20世紀の末ぐらいまで続きます。つまり、20世紀後半の半世紀ほどの期間は、アメリカの歴史上まれにみる、国民みんなが同じようなものを見聞きし、同じ情報に接していた時代と捉えることができるのです。ところが、その時代から現代に生きる私たちは、この状態が当たり前だと思ってしまいました。しかし、それは歴史上まれにみる状態であり、21世紀に入り、アメリカが分断に戻っていく様子を目の当たりにしているともいえるのです。その要因となったのが、急速に発達したインターネットです。一人ひとりが、自分の見たい、聞きたい情報や意見だけに接し、自分と気のあった人とだけ交流する、そのような新しい形で生まれる分断が進み始めたのです。その意味で、ネット選挙といわれた戦略で誕生したトランプ政権は、まさに、この新しい分断を象徴しているといえるかもしれません。

 この新たな分断が、20世紀以前の分断と比べて恐ろしいのは、一人ひとりが関心をもつ情報が偏るということだけでなく、その情報が本当なのか嘘なのかということに、まったく意味がないということです。例えば、トランプ大統領の就任式に集まった人々は、オバマ氏のそれに比べて少なかったと、メディアがデータを示しても、トランプ大統領がメディアは嘘をついていると言えば、支持者たちはトランプ大統領の言うことを信じるのです。つまり、自分たちにとって都合の良い情報であることに意味があり、それが真実か否かは重要ではないのです。こうした動向は、気の合う者、同じ価値観をもつ者による内向きの社会状況を生み、それは保守主義的な社会を形成していきます。これは、アメリカだけの状況ではなく、ヨーロッパ各国で台頭する保守的なナショナリズムにも感じられます。20世紀に2つの世界大戦を経験した世界は、多様性を認めあい、グローバル化、連携化へと進み始めたはずでした。しかし、他者との関係性よりも、自分が思ったようにすれば良い、自分の望んだようにすれば良い、という流れが大きくなると、世界はまったくがらりと変わってしまうかもしれません。その意味で、トランプ政権の誕生は、世界の歴史が大きな転換期を迎えていることの象徴であるといえるかもしれないのです。

いま、トランプ大統領が行っているのは支持者を喜ばすこと

 また一方で、トランプ政権の誕生はアメリカ国民の経済格差による分断を象徴するものでもあります。日本では反トランプの動きが大きく報道されますが、それは、日本のメディアが会ったり、付き合うアメリカ人は、都市部に住み、ある程度の教育を受け、所得も高い人たちだからです。中西部の州で、工場の撤退などにともなって失業したり、低賃金で働かざるを得ない人たちにとっては、世界の歴史の流れや多様性など、まったく意味がありません。カツカツの週給で働き、いつ首を切られるかわからない彼らにとっては、きらびやかなハリウッドのスターが反トランプを訴えることにすら、苛立ちや怒りがあるのです。実は、20世紀後半はアメリカの歴史上まれにみるほど国民に一体感のある状態であったとともに、世界大戦で疲弊したヨーロッパや日本に比べ、アメリカは相対的に最も余裕があり、力のある時代でもありまました。ところが、いまのアメリカにはそんな余裕はありません。祖父や父は豊かな生活をしていたのに、自分はどんどん貧しい生活になっていく。それがアメリカの労働者たちの本音であり、実状なのです。そういう状態の人たちは、クリントンではなくトランプを大統領にするほど、アメリカン全土にたくさんいたのです。

 いま、トランプ大統領は選挙公約を守り、こうした自分の支持者たちを喜ばすことに懸命になっています。日本に対しても、為替を操作しているとか、TPPから離脱し2国間協議をするなどと言っていますが、いまの段階ですべてを真に受けて反応する必要はないでしょう。戦略的に発言しているというよりは、支持者向けのスピーチと考えられます。日本の為替操作発言には根拠がないし、TPPには対中国戦略という重要な意図があるので、内容はそのままに名称を変えた形で交渉が復活する可能性があります。いま日本としては、実際の交渉に備えた準備をしておくことが重要でしょう。

富裕層の富の再配分を断行できるか?

 むしろ注視すべきは、トランプ支持者たちの今後の反応です。いま、トランプ大統領はアメリカに工場を戻したり、移民の入国を制限するなど、目に見える形で支持者たちを喜ばせていますが、そのようなパフォーマンスによって、現状に不満を持っている労働者たちの生活を本当に上向かせることができるとは思えません。ただ、トランプが偉大な大統領となる可能性がまったく無いわけではなりません。実は、好例があります。100年ほど前、共和党幹部から「that mad man」(あの狂気の男)と危険視されながら副大統領に任命され、その後、大統領が暗殺されたために、代わって大統領に就いたセオドア・ルーズベルトです。彼は、不安を募らせる党幹部たちを尻目に、独占資本を規制したり、純正食品・薬事法を成立させるなど、国民が望むことを断行しました。いまでは、ラシュモア山に刻まれた4人の名大統領の1人です。トランプ大統領に必要なのは、国民の望みに本当に応える政策をとった、このセオドア・ルーズベルトのような大胆な行動力だと思います。確かに、いまのアメリカは第2次世界大戦後のように、世界で一国だけ飛び抜けた余裕と力のある偉大な国ではありません。しかし、それでも世界の経済大国であることに変わりはありません。問題は、一部の富裕層による収奪のいきすぎなのです。いま必要なのは、アメリカを再び偉大な国にすることよりも、格差を是正するために富の再配分を行うことでしょう。例えば、ウォールストリート改革のような大なたを振るい、富裕層の富を貧困層に配分するような政策を行えば、トランプ大統領の名は名大統領として歴史に残るかもしれません。

 トランプ大統領に投票した支持者たちが貧しいままであれば、アメリカの社会不安は増し、その行き詰まりを打破するために、また、自分たちにとって都合の良いパフォーマンスが行われるかもしれません。それが外交に現れる可能性もあります。その意味で、私たちはトランプ支持者たちの反応から目を離すことはできません。また、世界大戦の反省から始まった20世紀後半以降の世界の歴史の流れが、大国であるアメリカの内向きの保守主義によって転換してしまうのか、その鍵を握っているのがポピュリズムのトランプ大統領である以上、やはり、その支持者たちの反応からは目が離せません。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

廣部 泉

明治大学 政治経済学部 教授

研究分野
アメリカ研究
研究テーマ
日米関係、アメリカ外交
【キーワード】アメリカ、人種、戦争
学位
Ph.D.(歴史学)
主な著書・論文
  • 『人種戦争という寓話-黄禍論とアジア主義』(名古屋大学出版会、2017年)
  • 『グルー-真の日本の友』(ミネルヴァ書房、2011年)
  • 『浸透するアメリカ,拒まれるアメリカ-世界史の中のアメリカニゼーション』(共著、東京大学出版会・2003年)
  • Japanese Pride, American Prejudice (Stanford University Press, 2001)

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