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BOPビジネスが、日本を救う ―グローバル・マーケティングからの提言―

  • 明治大学 経営学部 教授
  • 大石 芳裕

途上国ビジネスと貧困問題

大石芳裕教授 私はグローバル・マーケティングを研究対象としている。マーケティングとは様々な解釈があるが、私は「誰に何をどのように販売するかに関わる活動全般」を指すものと考えている。それを海外で実践することがグローバル・マーケティングだ。そのキーワードの一つとなるのが“途上国”である。
2008年のリーマンショック後、世界的な金融危機の中で先進国の市場は縮小し、日本を含む先進各国は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど、主に途上国とされる国々に販路を求め市場開拓を進めてきた。だが、途上国におけるビジネスは先進国と決定的に違うところがある。それは文化や風土、商慣習の違いだけでない。多くの国が、“貧困”という社会的問題を抱えていることだ。途上国に多くみられる、感染症をはじめとした疾病、売春・強盗などの犯罪、極端な貧富の差などが発生する源には、“貧困”がある。この貧困という社会問題を解決しなければ企業活動は成り立たないという考えは、途上国でビジネスをする世界各国の企業の共通認識になりつつある。

「BOPビジネス」とは何か

 企業活動を通じて途上国の社会問題を解決するという考えは、1990年代の後半から提唱されてきたが、その背景にはベルリンの壁崩壊、それに続くソビエト連邦の崩壊があったと考えられる。貧富の差をはじめとした資本主義が生み出す弊害・社会問題を解決するため、20世紀、人類は統制経済による社会主義国家の建設という壮大な実験を行った。しかし1980年代後半、社会主義は幻想であったことが露呈し、世界地図から多くの社会主義国家が消えていった。そうした事態において人類は、資本主義の枠組みの中で社会問題を解決することを迫られたのである。そこで提唱されたのが「BOPビジネス」だ。
「BOP」とはBase of the Pyramidの略である。世界の所得別人口構成の中で、最も収入が低い所得層を指す言葉であり、一人当たり年間所得が2002年購買力平価で3,000ドル以下の階層で、全世界の人口の約70%である40億人がここに該当するといわれている。その市場規模は5兆ドルに上るとされ、企業が途上国において「BOP層」を対象に持続可能性のあるビジネスを行いつつ、生活改善や社会問題の解決を達成する取り組みが「BOPビジネス」である。
従来、途上国の貧困層を支援するのは、食糧援助や資金援助を中心に行われてきた。しかしそれらは一過性のものにすぎない。「BOPビジネス」をわかりやすくいえば、空腹の人に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えることである。「BOPビジネス」が成功すれば、現地の人たちは貧困から脱却して自立し、新たな消費者となり、新しい市場も生まれる。社会問題の解決と企業の収益確保の両立を実現し、WIN-WINの関係を構築することが「BOPビジネス」の核心にある。では、日本企業はどのような「BOPビジネス」を展開しているか、いくつかの例を紹介したい。

日本企業の「BOPビジネス」

 「ヤマハ発動機」という会社がある。ここはアフリカの国に船外機(モーター)を販売している。それまで現地の人たちは、手こぎ船で漁を行っていた。船外機を付けることで機動的な漁が可能になり、漁獲高は増え貧困からの脱却も可能になる。同社は単に船外機を販売しただけではない。漁法を教え、船外機のメンテナンスのための人材教育などを無料で行っている。同社の製品より低価格の船外機も市場にはあるが、製品の品質の高さに加え、各種サポートに対する現地からの信頼は高く、多くの人に支持されている。
「住友化学」が取り組んだのは、蚊が媒介する感染症である“マラリア”への対策である。薬剤を徐々に表面に染みださせる自社技術を応用して、防虫剤処理蚊帳「オリセットネット」を開発、アフリカを中心に80ヶ国以上に提供している。さらにアフリカ・タンザニアに工場を建設し生産、現地雇用も生み出した。
「雪国まいたけ」は主力商品の一つであるもやしの種となる緑豆は、従来、中国から輸入していたが、バングラデシュの貧困にあえぐ農村の窮状を見て、バングラデシュからの輸入に切り替えた。グラミン銀行と提携しマイクロファイナンスを提供するだけでなく、緑豆の栽培法や選別法などを指導、現地の人の自立をサポートしている。
「N-Wave」というソフトウェア開発の中小企業は、バングラデシュの首都・ダッカの交通問題解決のために「S-PASS」というSUICA・PASMOのような前払い式バスカードを提供している。S-PASSはバスの乗降を簡素化しただけでなく、バスのチケット販売に関わる不正をなくしバス会社の収益を向上させ、200人超の雇用を生み出している。
「日本ポリグル」の“魔法の粉「PGα21Ca」”も大きな注目を集めた。途上国の大きな問題の一つに、衛生環境の不備による下痢疾患がある。同社は納豆菌から開発した水質浄化剤「PGα21Ca」を開発、汚れた水を浄化し飲料水に変えることを可能とした。安全な水を提供するとともに、現地の人々に販売を手伝ってもらうことで雇用を生み出し、貧困の撲滅を目指している。

「BOP」へのマーケティング

 日本企業のいくつかの例を紹介したが、残念ながら日本企業全体としては「BOPビジネス」への関心は低水準なのが現状だ。日本企業が「BOPビジネス」にさほど関心を寄せないのは、途上国へのアプローチが欧米各国と根本的に違うからである。
途上国での日本製品は「高品質だが高価格」というのが一般的な評価だ。したがって日本製品を購入するのは「TOP(Top of the Pyramid)」(富裕層)が中心になる。だがこの層はパイが小さい。ボリュームゾーンである「MOP(Middle of the Pyramid)」(中間層)に支持される必要があるが、日本の企業の多くは、いずれ途上国は経済成長を経て豊かになり、日本製品を求める人が増えると踏んでいる節がある。しかしその“上から目線”ともいうべき視点では、途上国ビジネスは成功しない。「MOP」への戦略を「BOP」から、すなわち“下から目線”で取り組む必要がある。
たとえば、ユニリーバというヘルスケア企業は、インドの低所得者層(「BOP」)に対し、下痢疾患防止のための洗剤を学校で子供達を啓蒙することで普及させている。同社は少量の小袋に分けて安価で提供することで購買障壁を解消し、多くの人々が少しずつ毎日買うという大量消費の構図で市場を創造した。同時に、その販売に若い女性(シャクティ・アマ)を活用することによって所得向上をもたらすとともに、彼女たちの地域における社会的地位を高めた。このようにして形成されたユニリーバへのブランド・ロイヤルティは、彼らが貧困を脱し「MOP」層になっても変わらないと思われる。日本の途上国への海外進出は、工場建設による現地生産やTOP・MOP市場開拓が主である。日本企業が「BOPビジネス」に取り組んでいる例は上記の他にもいくつかあるが、企業活動における世界の潮流ともいうべき「BOPビジネス」に日本企業は遅れている。

日本のプレゼンス回復のために

大石芳裕教授 私は研究目的で、毎年10ヶ国以上の国々を回っているが、そこで年々痛感するのは、海外での日本のプレゼンスの急速な低下である。企業の「BOPビジネス」の推進とその成功は、プレゼンス回復にも大きな力になると考えている。「BOPビジネス」は途上国の生活改善、貧困をはじめとした社会問題を解決する取り組みであり、それは現地の人たちから高い評価と信頼を得ることにつながるだろう。同時に、BOP・MOP・TOPを総合的に開拓していくことにより、企業として確かな収益を得て国際競争力を確保する道が開ける。
現在、日本は諸問題を抱えつつも、国民は豊かさを享受しているが、これが20年後、30年後も続くという保証はどこにもない。日本が国力を保ち豊かさを維持するためには、企業の成長発展が不可欠であり、そのカギを握っているのが「BOPビジネス」といっても過言ではない。多くの人に、「BOPビジネス」への関心と理解を高めてもらいたいと思っている。

※掲載内容は2014年6月時点の情報です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

大石 芳裕

明治大学 経営学部 教授

研究分野
グローバル・マーケティング、グローバル・ブランド、グローバルSCM
研究テーマ
グローバル・マーケティング複合化の理論的・実証的研究
主な著書・論文
  • 「グローバル・マーケティングの新展開」(共編著・白桃書房・2013年)
  • 「MOT教育の総合的研究」(編著・白桃書房・2013年)
  • 「多国籍企業と新興国市場」(共著・文眞堂・2012年)
  • 「グローバル・マーケティング・イノベーション」(共著・同文舘出版・2012年)
  • 「異文化経営の世界-その理論と実践-」(共著・白桃書房・2010年)
  • 「日本企業の国際化-グローバル・マーケティングへの道」(編著・文眞堂・2009年)
  • 「日本企業のグローバル・マーケティング」(編著・白桃書房・2009年)

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