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「教育は唯一奪われないもの」パレスチナ難民の思いに応える

  • 明治大学 国際日本学部 特任准教授
  • 岸 磨貴子

第2次世界大戦後、イスラエルの建国にともなって多くのパレスチナ人が故郷を追われ、難民となりました。彼らはいまだに故郷に帰れません。しかし、彼らには希望があります。それは、教育です。教育によって次世代の可能性を広げ、より良い社会をつくることができるという思いは強く、そのためのプロジェクトを日本の教育関係者も支援しています。

パレスチナ難民の教育開発を支える教育工学

岸 磨貴子 私の専門は「教育工学(Educational Technology)」です。私は、問題解決の学として教育工学を捉え、その観点から、国内外の様々な社会問題を解決していく研究を行っています。その一環として、2002年からシリア内戦が始まる2011年までの9年間、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と連携した教育開発プロジェクトに従事してきました。

 1948年イスラエルの建国宣言を受けて第一次中東戦争が勃発し、70万以上のパレスチナ人が周辺国に逃れ、約70年にもわたり難民として生活をしています。避難した周辺国で三世代、四世代目となり、現在では500万人を超える難民がシリアなどの周辺国の難民キャンプなどで暮らしています。内戦前のシリアはパレスチナ人をはじめとする難民にとても寛容で、様々な権利を認める政策を行ってきた国です。国内にはダマスカスをはじめ、各所に難民キャンプがありますが、難民キャンプといってもテント村などではなく、商店が並び、マンションが建つ普通の町です。学校もきれいで、パソコンなど機材も整っていました。子どもたちはパレスチナ難民とはいえ、もう三世代、四世代で、シリアで生まれ育ったという子がほとんどです。彼らはパスポートがないため、シリア国外に出ることは難しいのですが、国内の大学への進学や起業も認められていました。

 UNRWAでは、多様な専門を持ったローカル(パレスチナ人)スタッフとインターナショナルスタッフが教育、医療及び救済・社会サービスの領域で協働しています。私も日本人の教育工学研究者とUNRWAのスタッフで教育に関するプロジェクトチームを作り、難民という特殊な状況に置かれた子どものためのカリキュラムを開発し、実践してきました。当時、難民キャンプの教育で問題になっていた「勉強をやらされている感じで、気持ちが前向きにならない」という解決するため、日本の教育経験を活かすことを考えました。パレスチナやシリアの人たちは、敗戦から先進国に成長した日本に対して尊敬の念をもっており、その根底には教育があることを知っています。誰もが日本の教育を知りたいと思っているので、日本の教育方法や技術にとても関心を示しました。パレスチナ人教師は、日本の教育方法や技術を参考にして授業をつくり、子どもの関心をひきつける様々な工夫をしました。ところが、成果は実感できるものの、現場の先生たちは違和感をもち始めました。確かに子どもたちは楽しそうに授業に参加するようになりましたが、それだけでいいのかという疑問を持ったのです。たとえば、子どもたちは学んだことや考えたことを楽しそうに発表しますが、他に人に分かってもらおうとか、自分の発表をより良くするために他の発表と比較して問題点や改善点を見つけたり、深めたりするに至らないのです。どうしたらもっと学びを深めることができるんだろう、言われたことを子どもたちは一生懸命するが、どうしたら言われなくても自分たちで問いを見つけ、探求したり、問題解決したりするようになるのだろうか、と。その問いを追求する中で、教師は「勉強をやらされている感じで、気持ちが前向きにならない」のは子どもの問題だけではなく、自分たち教師も同じであったことに気づいたのです。「こうすべき」、「これが良い授業」という考えに縛られてしまうと、自分たちで考えなくなり、ただそのやり方に従ってしまいます。大切なのは、教師自身が授業改善の問い(視点)を創り出し、その視点を子どもの状況に応じて常に創造的に発展させていきながら授業を実施することです。このように教師も子どもが主体的、創造的に学習・発達していけるしくみをつくることが、教育工学の大きな役割のひとつです。

子どもたちの世界を広げた日本とパレスチナの国際交流学習

 こうした取組みのひとつとして、インターネットを活用して日本の学校とパレスチナの学校をつなぎ、国際交流学習を行いました。日本とパレスチナの子どもたちが情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)を活用して交流しながら、一緒に絵本や巨大壁画を創る活動を行ったのです。すると、パレスチナ難民の子どもは、「自分たちが伝えたことで、相手が知って喜んでもらえることが多くあるんだ」とか、「パレスチナの文化はこんなにいろんな人たちに関心をもってもらえるんだ」ということを知り、とても大きな自信を持ちました。また、自分たちとはこれまで全く接点のなかった違う文化の人(日本人)に自分たちのことを分かってもらうために、自分たちの「当たり前」を問い直すようになりました。これは、彼らにとってものすごく大きな経験です。

 実は、シリアにいるパレスチナ難民のリテラシーはとても高いのです。それはUNRWAが提供する教育の質が高いからというのもありますが、それだけではなく、パレスチナ難民が教育を何よりも重視していることも大きな理由です。家も、家族も、土地も、財産も奪われた経験をもつ彼らは、教育だけが誰にも奪われない財産と信じています。大人たちは、子どもたちは幸せに生きて欲しいと願います。教育によって、子どもたちがこの複雑な社会を生き抜き、少しでもより良い未来の可能性を創り出すことができると考えます。ところが子どもたちは、難民キャンプというかなり狭い社会の中で生きていきます。すると、どんなにたくさんの知識を学んでも、その小さな社会の中の規律を疑うことなく当然のこととして受入れるようになります。こうすること、こう考えるのが当たり前、と常識にとらわれて、新しい考えや行動を創り出すことがなかなかできませんでした。そのような状況の中、日本という異なる文化、価値、言葉、人に出会うことで、いままで当たり前と思っていたことを問い直し、違った見方や考え方で日常の当たり前を捉え直すにようになりました。日常に植えこまれた日々の思い込みから解放され、未来の選択肢を広げ、自分にできること、やりたいことの可能性に気づき、未来への選択肢を広げることにつながったのです。

越境の経験を重ねることで高まる対応能力

岸 磨貴子 この国際交流学習の経験は、パレスチナ難民の子どもたちだけでなく、日本の子どもたちにとっても大きな経験になりました。例えば、学校では知らないことはなんでも質問して良いと思っていた日本の子どもたちが、パレスチナ難民の子に質問するときには配慮も必要であるということを知りました。その理由を考えることで、世界の出来事やグローバルな問題への理解を深め、世界の見方が変わっていったのです。

 いま、日本では、OECDが変化の激しい21世紀に求められる主要能力として定めたキー・コンピテンシーなど新しい能力の育成をめざして、アクティブ・ラーニングの考えを導入するなど教育改革が進められています。アクティブ・ラーニングでは、子どもたちは話し手になったり、評価者になったり、支援者になったり、グループリーダーになったり、記録係になったり、いろんな自分を試すことができます。また、ICTを使うことで、さらにその可能性は広がります。いろんな自分になるためには、これまでの価値観ややり方が通用しないことがあります。そのたびに、自分の当たり前を問い直し、問いを持ち、視野や価値観を広げていきます。このように今までの価値観ややり方が通用しない越境の経験を積み重ねていくことで、変化する状況にも対応できるようになります。それが、新たな自分を発見するとともに、自分の選択肢を広げ、可能性を広げることであり、キー・コンピテンシーの育成につながることだと考えます。

「教育は唯一奪われないもの」の思いに応える

 かつてシリアは、パレスチナをはじめイラクやレバノンなどから多くの難民を受け入れてきた世界最大の難民受け入れ国のひとつでした。2011年のシリア危機以降、今では、世界最大の難民発生国となり、悲惨な状況になっています。私は、パレスチナ難民の教育支援の経験をもとに、現在はトルコにいるシリア難民支援(コミュニティ開発)に関わっています。また、トルコに避難しているシリア人と日本人の高校生の間で、ICTを活用したプロジェクトも進めています。それは、難民となった生徒と日本の高校生が共に学びあい、成長・発達することを目的としたものです。教育とは、知識や理解を深め、学んだことを活用していくだけではなく、新しい見方・考え方を広げ、各々が世界との関わり方や未来の可能性を創造していくことだと私は考えます。その意味で、「教育は唯一奪われないもの」というパレスチナ難民の思いは胸に響きます。この思いに、私は教育工学の立場から様々な形で応えていきたいと考えています。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

岸 磨貴子

明治大学 国際日本学部 特任准教授

研究分野
教育工学
研究テーマ
状況的学習に基づいた学習環境デザイン
【キーワード】教育工学、国際教育協力、ICTを活用した異文化間協働、質的研究
主な著書・論文
  • 『大学教育をデザインする—構成主義に基づいた教育実践—』(晃洋書房・2012年)
  • 『ICT教育のデザイン 第12章 海外との交流学習の展開』(日本文教出版・2008年)
  • 『A Case Study of Implementing Lesson Study for Pre-Service Training for Education in Myanmar.』(Journal of Educational Technology and Research、2012年)
  • 『インターネットを活用した異文化間の恊働を促す学習環境デザインー実践共同体の組織化の視座から−』(多文化関係学会 17号、2010年)

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