明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

Meiji.net 探していた、答えがある。

移民の急激な受入れ、反民主主義体制のままではEUは瓦解の危機に直面する

  • 明治大学 経営学部 教授  前学部長
  • 安部 悦生

今年(2016年)10月、イギリスのメイ首相は来年3月までにEU離脱の通知を行うと言明しました。いよいよイギリスのEU離脱交渉が始まります。最近は、堅調な経済を維持するイギリスに対して、EUがどう対応するのかが注目されています。今後、EUはどう変わっていくのか。イギリスが離脱を選択した理由をあらためて見直すことが、それを考えるヒントになります。

移民による文化的摩擦は深刻な問題

安部 悦生 イギリスがEUからの離脱を選択した理由は大きく分けて2つあると考えられます。ひとつは、よくいわれているように移民の問題です。しかし、一口に移民問題といっても、その実態はなかなか複雑です。歴史的にみれば、イギリスはむしろ移民を積極的に受入れてきた国です。1950~60年代には繊維工場の労働力を確保するために、パキスタンなどから移民を積極的に勧誘しました。現在、パキスタン、インド、バングラデシュ系の住民はイギリス国内に約300万人いるといわれています。彼らはもともと労働力を確保するためにイギリスに積極的に勧誘されたのですから、問題は起きなかったのかといえば、実はそうでもありません。イングランド中北部に、パキスタン系の移民がたくさん定着したデューズベリーという小さな町があります。1987年に、この町の白人の親たちが小学生の子どもを登校拒否させるという事件が起りました。その理由は、小学校の生徒の半数以上がパキスタン人の子どもになり、給食がパキスタン風になっていくなどしたため、白人の親たちが「英国風の教育が受けられない」と怒ったのです。この事件は、イギリスに渡った移民たちは集まって居住区を作り、自分たちの文化や習慣を継承して生活するので、地元社会にすぐには溶け込めないことを現わしています。こうした文化的摩擦は地域住民にとっては深刻な問題です。1850年代に大飢饉があったアイルランドから大量の移民がイギリスに入りましたが、彼らは100年かかって、ようやくイギリス社会に溶け込んできたと感じられます。ユダヤ人も同様です。白人同士でも社会に溶け込むのに100年かかることを考えれば、宗教や文化、生活習慣も異なる異民族が白人社会に溶け込むのは、容易なことではないでしょう。

イギリスは移民受入れ策に失敗していた

 底流にこうした移民問題があったイギリスに、旧共産圏を含む10ヵ国がEUに加盟した2004年以降、東欧移民が急激に増えました。いまイギリスには、毎年30万人の移民が入って来ています。彼らは白人でキリスト教徒なので文化的摩擦は少ないでしょうが、今度はイギリス人の職が奪われるという問題が起きています。しかし、東欧からの移民が就く仕事は、もともとイギリス人が就きたがっていなかった仕事が中心なので、職の奪い合いは起きないという説があります。確かに、イギリスの失業率は5%と低く、経済的には完全雇用の状態だといわれています。ところが、実際には、いままで就いていた職を奪われた人もいるし、奪われなくても、低賃金などでも働く移民たちの影響で、労働条件が悪化している人もいます。私は2年に1度は渡英し、ケンブリッジ大学のカレッジに住むことが多いのですが、そこの部屋を掃除しに来ていたイギリス人の女性が、2005年からポーランド人に変わりました。ホテルのメイドさんがハンガリー人になっていたこともあります。私の実感でも、東欧系の移民たちがイギリス人に代わって職に就きはじめていることがわかります。

 ところが、2004年当時、移民の受け入れには7年間の猶予期間があったのです。にもかかわらず、時のブレア首相は労働力の増加を重視して、最初から受け入れを了解してしまいました。このとき、移民の受け入れを段階的に行っていれば、今日のようなブレグジット(BREXIT:イギリスのEU離脱問題)は起きなかったかもしれません。移民たちとの文化的摩擦や職を奪われることに起因する、一般の生活者の嫌悪や不満の感覚を理解しなかったことが、ブレグジットを招いた最大の要因であったことは間違いありません。

イギリスが強く感じる主権侵害や反民主主義

安部 悦生 イギリスがEU離脱を選択したもうひとつの大きな理由は、主権の問題です。もともとEUは、20世紀に2つの世界大戦の戦場となったヨーロッパが、二度と争いを起こさないという理念の下、共同体の構築を目指したものです。ですからスタートは、争いの元凶となりやすかった資源を共同管理する目的で、1952年に石炭鉄鋼共同体(ECSC)が設立されたのです。このECSC設立時にイギリスは参加しませんでした。その理由は、まさにその“共同管理”を主権の侵害と捉えたからです。もともと炭鉱労働者の意見が強かったイギリスにとって、炭鉱の閉山を自分たちで決められないような共同管理に縛られることは、受入れられるものではありませんでした。しかしその後、経済が落ち込んだイギリスは経済的な関係を深めるために、1973年に当時の欧州共同体(EC)に加盟します。しかし、主権に関する意識が非常に強いのは変わっていません。単一通貨のユーロや、出入国審査なしで国境を越えられるシェンゲン協定にイギリスが加わっていないのは、通貨の管理も国境管理も国の大切な主権と捉えているからです。

 そんなイギリスにとって、政治の主導権をドイツとフランスが握り、官僚機能をベルギーとルクセンブルグが握るいまのEUでは、政治的にも行政的にもイギリスの意見は通らず、どちらからも排除されているという感覚を強くもたざるを得なくなりました。例えば、EUの組織は構造が非常に複雑な上、主要機関である理事会、議会、委員会の長はすべてPresidentと呼ばれます。しかも民主主義の手続きに則って選挙で選ばれるのではなく、いわゆる談合政治によって決ります。委員会のPresidentにユンカー氏が選ばれたとき、イギリスはユンカー氏に反対し、その決め方も反民主主義だと猛反対しました。しかし、その意見は通りませんでした。しかもEUは実質的に談合で組織の長を決める一方、様々な規則を作り(例えばEU内で流通するバナナのサイズ・品質も規定)、イギリスを含めEUの全加盟国に課してきます。つまり、イギリスにとってEUは、やはりイギリスの主権を侵害する組織であり、しかも非常に反民主主義的なのです。こうしたEUの体制も、ブレグジットの大きな一因です。イギリスの政治家は、口ではEU残留を訴えていても、本質的にはユーロスケプティシズム(EU懐疑派)が多いといわれているのです。

ブレグジットが示唆するEUの変革

 2017年には、3月にオランダ、9月にドイツで国政選挙、5月にフランスで大統領選挙があります。どの国でも反EUの組織が台頭しており、選挙結果がどうなるかはわかりません。特に、オランダの選挙結果は重要です。反EU派が勝ち、国民投票が行われてEU離脱が選択されるような事態になると、その影響は非常に大きいものがあります。イギリスとオランダは精神的、経済的に非常に近い関係で、もしオランダがEUを離脱した場合、結びつきはより強まるでしょう。この2ヵ国がEUの外でうまくやっていく様子をみれば、EUからのドミノ離脱が起きかねず、そうなればEUが瓦解する可能性もあります。

 ブレグジットの要因を考えることが、EUがすべき変革のヒントになると思います。まず、移民の受け入れは急激に行わず、ステップ・バイ・ステップでゆっくりと行うことです。労働力の移動の自由は理念として掲げ、実際には移民の受け入れに上限を設け、それを人口の0.2%ぐらいにすることが良いと考えます。イギリスならば年間12~13万人、ドイツなら15~16万人となります。それくらいであれば許容範囲でしょう。東欧も域外移民の受け入れを容認しやすくなると思います。移民する側にとっても、一国に集中せず、住民とのトラブルが減ることになれば定住しやすくなるのではないでしょうか。また、EUがここまで拡大した以上、加盟各国が納得する民主的な組織を再構築することが喫緊の課題でしょう。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

安部 悦生

明治大学 経営学部 教授  前学部長

研究分野
企業経営の国際比較研究、特に経営史、企業家精神、経営戦略、経営組織、経営文化
研究テーマ
EU、アメリカ、日本、東アジアにおける企業戦略とコーポレット・ガヴァナンス
【キーワード】経営発展、経営文化、国際比較
主な著書・論文
  • 『経営史 第2版(日経文庫)』(日本経済新聞社・2010年)
  • 『Japanese Success? British Failure?』(Oxford U.P.・1997年)
  • 『大英帝国の産業覇権』(有斐閣・1993年)

情報通信の関連記事

CGを活用して“創る楽しさ”を広げる

2016.11.30

CGを活用して“創る楽しさ”を広げる

  • 明治大学 総合数理学部 専任講師
  • 五十嵐 悠紀
不安? 便利? もう始まっている人工知能が働く社会

2016.6.21

不安? 便利? もう始まっている人工知能が働く社会

  • 明治大学 総合数理学部 准教授
  • 福地 健太郎
人工知能がマーケティングを進化させる

2016.6.2

人工知能がマーケティングを進化させる

  • 明治大学 理工学部 教授
  • 高木 友博
SIMロック解除を機に考えたいリスク管理

2015.12.18

SIMロック解除を機に考えたいリスク管理

  • 明治大学 法学部 教授
  • 新美 育文
8K・スーパーハイビジョン時代がやってくる ―究極には意味がある―

2014.7.1

8K・スーパーハイビジョン時代がやってくる ―究極には意味がある―

  • 明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授
  • 鹿喰 善明

明治大学からのお知らせ

  • ニュース
  • プレスリリース
  • メディア掲載
  • イベント

お知らせ一覧

2017年3月26日
2016年度明治大学卒業式を挙行しました
2017年3月24日
駐日米国臨時代理大使が明治大学に来校 —学生によるキャンパスツアーも実施
2017年3月24日
【理工学部】電気電子生命学科井家上哲史教授がフェローの称号を授与されました
2017年3月21日
JMOOC講座「安全の共通理念を学ぶ 安全学入門」(無料)の受講を受付け中
2017年3月17日
京王線明大前駅の列車接近メロディーが明治大学校歌に —3月25日(土)始発から—
2017年3月17日
校友会熊本県支部と明大マンドリン倶楽部が熊本地震被災地で復興支援の特別演奏会を開催
2017年3月17日
KAKEHASHI Projectで学生23名がアメリカに派遣されました
2017年3月24日
国際武器移転史研究所研究叢書2 榎本珠良編『国際政治史における軍縮と軍備管理』2017年3月刊行
2017年3月23日
明治大学出版会 『知の橋懸(がか)り-能と教育をめぐって』 『アメリカ分裂-数字から読みとく大統領選挙』 『阿久悠 詞と人生』を刊行
2017年3月21日
国際日本学部 新講義科目がスタート、 2017年度より社会連携科目を開講 ~中野区、企業等と連携し、学生の主体的な学びを後押し~
2017年3月21日
《ラグビーシンポジウム》「ラグビーW杯2019に向けて -歴史的勝利の裏側と新たなステージへ-」4月1日、駿河台キャンパスにて開催
2017年3月17日
—3月25日(土)始発からー京王線明大前駅の列車接近メロディーが明治大学校歌に! ~京王沿線で校歌の導入は初!~
2017年3月15日
-貴重な“発禁本”の書誌目録-『明治大学図書館所蔵 城市郎文庫目録』出版記者会見を実施。3月28日、駿河台キャンパスにて
2017年2月23日
「倉橋由美子文芸賞」「阿久悠作詞賞」の第8回受賞作が決定 2月28日、駿河台キャンパスで表彰式 ~課題曲提供の河口恭吾さんも出席し、大賞曲をお披露目~
2017年3月27日
ZIP!(日本テレビ系列・3月29日放送予定)/「なーるほどマスカレッジ」のコーナーで、宮下芳明教授(総合数理学部)・秋山耀さん(理工学研究科博士前期1年)が開発した、手書き図面で造形できる3Dプリンタが紹介される予定です
2017年3月24日
首都圏ネットワーク(3月23日放送・NHK)/特集「農業に最新技術 “復興の力に”」で、小沢聖特任教授(農場)のコメントが放送されました
2017年3月23日
読売新聞(3月23日朝刊)/山脇啓造ゼミナール(国際日本学部)が作成した、中野区の外国人の家探しを応援するウェブサイト「Living Together in Nakano」が紹介されました
2017年3月23日
毎日新聞(3月23日朝刊)/国際日本学部が2017年度から実施する中野区との連携講座が紹介されました
2017年3月23日
東京新聞(3月22日朝刊)/国際日本学部が2017年度から実施する中野区との連携講座が紹介されました
2017年3月23日
朝日新聞(3月22日朝刊)/国際日本学部が2017年度から実施する中野区との連携講座が紹介されました
2017年3月23日
北海道新聞(3月21日朝刊)/札幌市で行われた講演会「憲法はどこへ−家族を考える」についての記事に、鈴木賢教授(法学部)の講演内容が紹介されました
2017年2月24日
【リバティアカデミー2017年度開講オープン講座】ラグビーW杯2019に向けて—歴史的勝利の裏側と新たなステージへ—
2017年2月22日
2017年度入学式のお知らせ
2017年2月20日
【株式会社明大サポート寄付講座】「長期投資の時代 ~金融制度改革の行方~」
2017年2月20日
【明治大学連合駿台会寄付講座】「世界の目、日本の目」~記者43年、何を見たか~
2017年2月20日
【明治大学校友会寄付講座】「強い自分をつくるマネジメント」~今こそ問われる心の在り方~
2017年2月20日
【和泉キャンパス公開講座】「アメリカらしさ」とは何かについて考える ~銃規制からトランプ氏勝利まで~
2017年2月20日
【生田キャンパス公開講座】自律移動型ロボットとネットワークロボットの現在と未来

Meiji.netとは

新着記事

#1 悪徳商法に泣き寝入りしない!消費者保護の法律を学ぼう!

「東アジア共同体」を構築するために“日本型TPP”を促進すべき

「沖縄振興予算」という呼称が、誤解を招いている

コーポレート・ガバナンスと経営戦略との関係把握を目指して

ダイバーシティの根幹に触れるヒューマンライブラリーの取組み

人気記事ランキング

1

緊急提言、人口減少社会に歯止めをかける ―方策は少子化対策、社会…

加藤 久和

2

「東アジア共同体」を構築するために“日本型TPP”を促進すべき

金 ゼンマ

3

日本のものづくりの強みと弱み

富野 貴弘

4

「教育は唯一奪われないもの」パレスチナ難民の思いに応える

岸 磨貴子

5

「沖縄振興予算」という呼称が、誤解を招いている

池宮城 秀正

Meiji.net注目キーワード

明治大学