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ノーベル賞の大隅先生のラボは自由と好奇心に溢れていた

  • 明治大学 農学部 准教授
  • 吉本 光希

2016年のノーベル医学・生理学賞に日本の大隅良典氏が選ばれました。受賞理由は「オートファジー」と呼ばれる細胞の働きの分子機構を解明したことです。その研究成果は、アルツハイマー病やガンの治療にも活かされることが期待されています。また、こうした応用につながるベーシックサイエンスが、大隅氏のノーベル賞受賞をきっかけに注目されることも期待されています。

ラボでも偉ぶることがなかった、ノーベル賞受賞の大隅先生

吉本 光希 2001年、私が学位取得後、研究員として初めて就いたラボが、大隅先生のラボでした。大隅先生はとにかく気さくな先生で、当時、研究者の卵のような私たち若手にも偉ぶるというようなことがなく、対等に研究の話をしてくださいました。先生はお酒がお好きなので、ときには、仕事終りに研究室のミーティングテーブルで、研究員たちと一緒に飲むことがありましたが、そんなときも研究の話だけでなく、他愛もない話を楽しむなど、和気あいあいとしていて、いわゆる上司と部下というような人間関係はほとんどありませんでした。そのような大隅先生の人柄が反映されていたのか、当時のラボには10人くらいの研究員と学生がいましたが、先生の指示の下に各自が作業をするといった体制ではなく、各自が自由に独立的に研究をしていました。

もちろん、テーマはオートファジーなのですが、大隅先生は酵母の専門家で、ほかに、動物で研究している人や植物で研究している人がいるという、日本ではあまり見かけないユニークなラボでした。私自身は植物を専門にしていましたが、こういう環境で研究することはとても勉強になりました。というのは、酵母や動物を専門にしている研究者とは思考が微妙に異なっているのです。確かに、植物は酵母や動物に比べて育つのに時間がかかるので、研究の手法やスケジュール感が違うし、研究に対するスタンスも違ってきます。そのような研究者が身近にいると、互いに意外な視点を発見したり、異なる思考に触発されたりと、様々な影響を受け合うことができたのです。大隅先生が自分の考えを押しつけることなく、若手にも自由に研究させてくれたからこそ、そのようなラボになったのだと思います。先生ご自身は、素朴な疑問に対しても、とことんつきとめようとする研究者で、その姿勢を学べたことも、私にとっては非常に勉強になりました。ノーベル賞受賞者のラボに在籍できたことは、私の財産です。

オートファジーは生物のもつ巧みなシステム

オートファジーの過程
オートファジーの過程
 オートファジーとは、細胞内にある古くなって充分な機能を発揮できなくなったタンパク質やオルガネラ(細胞内小器官)を壊してアミノ酸にし、新たなタンパク質の合成に再利用するという細胞の働きです。細胞が活動する上で必要なタンパク質を自ら再生するという役割と、細胞内を浄化するという2つの役割があると考えられています。その仕組みは、まず細胞内に膜が現われ、その膜が古くなったタンパク質やオルガネラを取り囲み、そこに分解酵素をもった液胞(動物ではリソソーム)という小器官が融合することで、取り込まれたタンパク質やオルガネラが分解されてアミノ酸となり、新たなタンパク質を合成するために利用される、というシステムです。

細胞内にこうした仕組みがあるらしいということは、1960年代には知られていました。きっかけは、飢餓状態のマウスの細胞内に膜に包まれた小胞があり、その中に分解しかけのオルガネラやタンパク質が溜まっているのが発見されたことです。それはオートファジー(自食)と呼ばれるようになりましたが、その分子メカニズムはまったくわからず、研究は壁にぶつかった状態になりました。オートファジーという現象が確認されてから約半世紀を経て、その壁をブレイクスルーしたのが大隅先生です。

それでも、大隅先生もおっしゃっているように、まだオートファジーの仕組みのすべてが解明できたわけではありません。例えば、マウスを使いオートファジーを止める実験をすると、そのマウスは生後直後に死んでしまいます。その原因は、ミルクを吸えなくなるからです。おそらく、脳の細胞の中で浄化が行われないために不要物が溜まってしまい、そのために脳が正常に働けなくなるからだと考えられます。一方で、脳の細胞内だけでオートファジーを回復させてあげるとミルクを吸えるようになり生育できるようになりますが、様々な欠陥が生じ、早期に死に至ります。オートファジーが生命維持のためにとても重要な役割を担っていることは確かです。しかし、オートファジーが止まるとどうしてそのような機能欠損が生じるのかはまだ解明されていません。そして、それを解明するのは、生物のもつ巧みなシステムが起こすこうした現象に興味をもち、そのメカニズムを明らかにしたいと思う人の好奇心なのです。

疑問を解き明かしたいという気持ちが研究のモチベーション

吉本 光希 私は、植物のオートファジーを専門に研究しています。植物は動物と違って芽生えた場所から移動することができないので、様々な環境ストレスに適切に対応し、克服していくための機能をもっています。その機能のために、オートファジーのような分解系の仕組みは重要な役割を果たしているはずです。また、植物は光合成をおこなう独立栄養生物で、ほかの生き物とは一線を画している、まったく違う生物です。そこにも植物特異的なオートファジーの役割があると考えられます。こうした植物の特異性に、私は興味を惹かれました。

例えば、植物は自らの葉を枯らして、その栄養分を種子に流転させることで次の世代に命をつないでいく生き延び方をしていますが、その流転のシステムに、オートファジーが重要な役割を果していることを数年前につきとめました。ところが逆に、オートファジーを止めてみても、マウスのようにすぐに死んでしまうことはなく、その植物は生き続け、種子を作って世代を回すことさえできることが確認されました。これは、私たち研究者にとっても意外な結果でした。おそらく、植物は動けないからこそ、環境ストレスに適応するために、例えばオートファジーのようなひとつのシステムに頼るのではなく、複数のバックアップシステムを備えていることが考えられます。こうしたメカニズムを明らかにしたいという、ただ純粋な興味と好奇心が、私たちベーシックサイエンスにたずさわっている者の一番のモチベーションなのです。

ベーシックサイエンスは面白いし大切である

2009年頃、神奈川県にある大隅先生のご自宅前にて
2009年頃、神奈川県にある大隅先生のご自宅前にて
 大隅先生の研究の成果は、今後、様々な病気の治療に役立てられるといわれています。私はそちらの専門ではないので、はっきりとしたことは言えませんが、その可能性は高いだろうと思います。また、私が行っている植物の研究も、環境問題や食糧問題の解決の糸口につながっていく可能性があります。そうした応用への展開が、常に頭の片隅にありますが、しかし、日々の研究のモチベーションになっているのは、先に述べたように、素朴な疑問を解明したいという気持ちです。最初から応用や実用を目指して始まるわけではなく、疑問や興味から始まった研究が、結果として応用に展開され、私たちの生活レベルを上げることや、豊かさにつながっていくのです。

その意味で、大隅先生がノーベル賞を受賞され、ベーシックサイエンスに対する注目が上がっているのはうれしいことです。これをきっかけに、基礎科学の面白さや大切さの理解が深まってほしいと思います。そして、クラウドファンディングのようなシステムを利用して、一般の人も科学研究を積極的に応援するような社会になっていけば、日本もさらに科学レベルの高い、優れた国になっていくのではないかと思います。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

吉本 光希

明治大学 農学部 准教授

研究分野
植物分子細胞生物学・植物生理学
研究テーマ
植物の環境適応における細胞内自己分解系・オートファジーの分子機構とその役割の解明
主な著書・論文
  • "Organ-specific quality control of plant peroxisomes is mediated by autophagy.", J. Cell Sci. (2014)
  • "植物におけるオートファジーの意義と役割", 化学と生物 (2014)
  • "Beginning to understand autophagy, an intracellular self-degradation system in plants.", Plant Cell Physiol. (2012)
  • "Autophagy negatively regulates cell death by controlling NPR1-dependent salicylic acid signaling during senescence and the innate immune response in Arabidopsis.", Plant Cell (2009)
  • "Processing of ATG8s, ubiquitin-like proteins, and their deconjugation by ATG4s are essential for plant autophagy.", Plant Cell (2004)

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