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教員が多忙でも頑張れるのは、良いこと?

  • 明治大学 文学部 教授
  • 高野 和子

最近、教員の多忙さが報道されることが多く、「先生という仕事は休日もなく重労働で大変だ」と思う人も多いと思います。確かに、教員の勤務環境を改善することは必要ですが、同時にもっと考えなくてはいけないのは、教員の多忙さは教員の問題であるだけではなく子どもたちにも影響の及ぶ点だといいます。

長時間勤務でも収入は増えない教職は“ブラック企業”!?

高野 和子 日本の教員が長時間勤務であることが一般に知られるようになったのは、OECD(経済協力開発機構)が2013年に実施した調査の結果によるものだと思います。それによれば、日本の教員の勤務時間は1週間あたり平均53.9時間で、調査対象34ヵ国・地域の平均38.3時間を大きく上回り、最長でした。民間企業などではもっと長時間勤務をしている、という方もいらっしゃるかもしれませんが、53.9時間は平均の数字です。部活動を受持ち、土日にも練習や試合の指導がある教員や、進路指導など業務の集中する教員のなかには、休日もなく過労死ラインを超える勤務となっている人も少なくありません。

 OECDの調査だけでなく、文部省・文部科学省の教員勤務実態調査でも、1966年には月間約8時間だった超過勤務時間が、40年後の2006年には34時間に増えています。勤務全体の内訳を見ると、生徒指導や事務的な仕事が大幅に増えています。保護者対応も増えています。授業の時間はほとんど変わっていませんから、つまり、最近の教員の多忙さは、授業以外の業務が膨らんだことによるものなのです。

 では、こうした超過勤務時間の増加にともなって、支払われる「残業代」が増えるのかというと、実はそうではありません。公立学校教員については、「残業代」という考え方はありません。“教員の仕事には一般行政職のような勤務時間管理はなじまない”という考え方にもとづいて、1971年の給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)で、給料月額の4%を教職調整額として一律に上積みすることになりました。この4%という数字の算出根拠となったのが先に紹介した月間約8時間の残業時間という1966年の文部省調査の結果です。それから40年以上が経ち、教員の残業時間は4倍以上に増えましたが、教職調整額は変わっていません。最近、教職を“ブラック企業”になぞらえることもありますが、それを否定できない側面もあるのです。

悪くなっている財政条件

 教職調整額の見直しや、制度そのものの改革は何度も議論されてきましたが、いまだに結論が出ない理由のひとつは、教育関係の予算が減らされていることです。例えば、教職調整額を廃止して、時間外勤務手当を支給しようと主張しても、本当に支払えるだけの財源の保障がないのです。2004年に国立大学が法人化されましたが、それによって“公立学校の教員給与は国立学校に準拠する”という制度が廃止されました。どこの県で先生になっても給料は同じ、というのではなくなったのです。また、教員の人件費の1/2は国が都道府県に補助していて、それまではその使い方について国レベルで定めが設けられていましたが、2004年からは、国から渡される総額の範囲内でなら都道府県が使い道を決められるようになりました。一人あたりの給与を引き下げてその分で数を増やすということも可能になったのです。そして2006年には、国の負担割合が1/2から1/3に減らされます。教育現場の実情からは、教員の数を増やすことが必要なのに、自治体は悲鳴を上げました。すでに2001年に、いわゆる「定数くずし」(正規教員ひとり週40時間の勤務時間を例えば10時間ずつ4人の非正規教員でおきかえる)が可能になっていたので、結果として、一人あたりの給与額は抑えられ、非正規教員を増やすという対応が出てきたのです。教員の待遇改善どころではありません。とくに非正規教員の生活は過酷で、教員をめざす学生にとってはショックを受けることのひとつです。そして、このことは教員の待遇の問題以上に、日本の教育の質、子どもにとっての教育の質という点で、大きな問題となっています。

非正規教員の増加は日本の教育を揺るがす

高野 和子 非正規教員には、臨時的任用教員と非常勤講師などがあります。臨時的任用教員には、教員免許状を取得しているものの教員採用試験に不合格だった人が、試験に合格するまでの間、勤めていることが多いのです。それでも、正規教員と同一の職責を担うことができるので、学級担任をもつこともあります。しかし、来年以降も同じ学校に勤めているのかは、わかりません。非常勤講師は授業だけを受持つことになっている教員で、職員会議などの時間は別室待機になることもあります。そうなると、それぞれの子どもの様子や気になった点の申し送りなど、子どもの情報の共有には参加できません。正規教員にとっても非正規教員の担当している部分は把握できにくくなります。しかし、子どもたちにとっては正規も非正規も先生です。授業が終わってから質問にくる子や、校外で問題行動を起こしている子を見かけたとき、非常勤講師はどう対応したら良いのでしょう。このような非正規教員が、2013年の文科省調査では全教員の16.5%を占めるようになっています。

 実は、日本の教育は、非正規化のもたらすマイナスの影響を受けやすいという特徴を持っているのです。

 例えば、欧米では、授業をする教員以外に、子どもの心理面、進路や就職関係、学校とコミュニティとの関係、子どもの安全確保、等について支援者・専門家がいて、それぞれの専門機能を分担していますし、部活動のような活動は地域のスポーツクラブなどが担っています。学校の教員が部活動を受持って休日がなくなることはありませんし、学校の門を入るまでは家庭の責任という関係であれば、子どもが下校途中に問題を起こしたからといって担任の教員が駆けつけることも起こりません。このように教員の仕事が授業、教科指導に限定されている場合は、仕事を部分に分けて非正規教員と分担することに、それほどの無理はありません。

 それに対して日本の教員は、授業以外のさまざまな仕事をするものとして存在してきました。そのなかで、教育現場では、「子どもをまるごととらえる」と表現される子どもとの向き合い方が生み出されました。例えば、算数ができない子どもがいたときに、その子の身体の調子、気持ちの様子、その気持ちの様子を生み出す友達関係、身体の調子を引き起こす家庭の状況、育ちのプロセス、親子関係といったものを理解し、その上でなぜ算数ができないのかということを考えて対応しようとしてきたのです。これは、子ども理解と実践において非常に優れており、学力の向上だけでなく、人間的成長をうながしてきました。教員の仕事が授業以外も含めた複雑で総合的なものである中でこそ生み出されたものだと思っています。しかし、現状では、非正規化で全体の把握ができず、「まるごととらえる」前提が崩れたまま、加速度化する多忙の中で教員が複雑な多機能を果たすことを要求され続けています。日本の学校教育のあり方は非正規化に弱い、非正規化は日本の教育の根幹を揺るがしかねないのです。現在、国は、「チーム学校」ということで学校に教員以外の様々な職種を導入して教員の多忙を軽減することを提案しています。教員の多忙が放置できないレベルだと認識されたと言えますが、教員と多職種との間の分業を進める前提として、教員の非正規化のひろがりで教育に何が起こってきたのかを検証する必要があると思います。

学生たちにとって教職は憧れの仕事であり続けるようにしたい

 近年は個人情報の問題もあるので、昔のように「まるごととらえる」のは難しいかもしれませんが、子どもとのこのような関わり方が、いまでも教員のモチベーションであることに変わりはありません。本学で教職課程を取り、日本とドイツの両方での教員経験のある人が、授業だけを担当すればよいドイツの学校ではなんとなく物足りなく感じると言っていました。日本のように、進路指導も放課後もと子どもと関わっていくことに、教員という仕事の喜びがあったというのです。日本の教員は授業に限定されずに子どもと関わり、幅広い豊かな教育活動で子どもを伸ばそうと努力してきました。子どもに関わることすべてが仕事だから、勤務時間という感覚がなじみにくいのです。

 こうした教育活動によって教員が過重勤務となり、一般社会の感覚でブラック企業となっているのですから、非正規教員を増やしてしのごうとするのではなく、教員を取り巻く環境の改善や、教育現場の制度などを見直すこと自体が重要です。同時に、教員の働く姿は、子ども(次の世代の働き手)が働き方に関わる感覚を身につける最も身近なモデルでもあります。「働き方改革」が言われていますが、教員の多忙さを問題にするときは、問題が「先生はたいへん」で終わるものではなく、ひとりひとりの子どもの先々の人生に関わってくる、そして社会全体の働き方のスタンダードがどうなるかに関わってくるという点を考えてほしいと思います。

 現在、本学で教職課程を取っている学生が、教員を目指す理由を、「子どものとき、クラスで起きた揉めごとに対して、担任の女の先生が逃げずに筋を通して対応してくれました。その姿がとてもかっこ良くて、憧れたからです」と言いました。子どもは先生のことを本当によく見ています。良い面も、悪い面も。そして、その記憶がその子の職業選択を左右することもあるのです。私たちは、今後も教職が志のある優れた人たちを引きつける魅力的な仕事であれるよう、様々な点から努力していかなければいけないと考えています。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

高野 和子

明治大学 文学部 教授

研究分野
教師教育、教育行政学
研究テーマ
教師教育の政策と制度—初等・中等学校教員の養成及びリクルートについて、日本とイギリスを対象に比較制度史的分析を行うこと。
【キーワード】教員、リクルートメントと養成、質保証
主な著書・論文
  • 『教職論(教師教育テキストシリーズ2)』(共編著)2012年、学文社
  • 「日本の教員の現状を切り拓くために−イギリスは”理想の教育モデル”?」『教育実践と教師 その困難と希望(講座 教育実践と教育学の再生 第2巻)』2013年・かもがわ出版
  • 「イギリスにおける教員養成の「質保証」システム−戦後改革からの40年間−」『明治大学人文科学研究所紀要』第77冊、2015年 

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