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軽減税率の思わぬ“余得”とは

  • 明治大学 専門職大学院会計専門職研究科 教授
  • 沼田 博幸

消費税は2017年の4月から税率10%に引き上げられる予定ですが、それにともなって軽減税率が導入される予定です。対象となるのは生鮮食品と加工食品で、税率は8%のまま据え置くといわれています。一般消費者としては2%分出費が減るのでうれしいことですが、軽減税率には実はもっと大きなメリットがあるといいます。

軽減税率に喜んでばかりはいられない

沼田 博幸 消費税に軽減税率を導入することにより、いままで単一税率だった日本も複数税率になります。新聞やテレビでは、世界各国の食料品の軽減税率や、なにを軽減税率の対象としているかが国によって異なることなどを盛んに報道していて、あたかも日本も世界のスタンダードに乗ったかのような印象を与えていますが、実は、現在では、複数税率にしない方が良いというのが世界の共通認識で、税率を一本化しようというのが潮流になっています。いままで単一税率だったのに複数税率にするのは、おそらく日本が世界で初めてです。単一税率の方が良い理由のひとつは、食料品とは何かを明確に定義するのはきわめて難しいからです。日本でも、一度線引きをしても、商品ごとに判断しなくてはならないなど、様々な実務的問題が起こるのは不可避です。

 軽減税率には、さらに大きな問題があります。税収の大幅な減少をもたらすことです。対策として、標準税率をさらに上げることが検討されるでしょう。欧州には、標準税率が27%という国もあります。日本の消費税率が今後どうなるのかもわかりません。

 では、軽減税率を導入するメリットはなにかといえば、消費税に対する逆進性のイメージが多少なりとも改善されることです。高所得者に比べ、低所得者は食料品が支出に占める割合が大きいので、軽減税率の恩恵が高いことは間違いありません。また、所得に関係なく、誰でも税は軽い方がうれしいのですから、食料品が軽減税率になることを歓迎する人は多いかもしれません。

 しかし軽減税率の導入は、もっと大きなメリットを生むきっかけとなりました。それは、インボイス方式という税算出方法の導入です。

軽減税率をきっかけに始まる大きな変化

 日本に消費税が導入されたのは1989年で、導入して27年になりますが、事業者は別として、消費税の仕組みをしっかり理解している消費者は意外と少ないのではないでしょうか。例えば、商品の購入の際、商品の代金とともに店に払っている8%の税額を、店はそのまま納めていると思われがちですが、そうではありません。消費税の優れた仕組みは、税の累積(カスケード)を防ぐために、売り上げにかかる税額から仕入れにかかる税額を控除することにあります。ところが、この仕入税額控除を算出する方法として、諸外国のようなインボイス方式ではなく、日本では帳簿方式がとられています。このことが、消費税が収入と支出の差額に対する税であるとの誤ったイメージを生み出しています。

 例えば、事業者Aが事業者Bから700で仕入れた物を1000で消費者に販売すると(この設例の価格はすべて税抜きであると仮定します)、1000-700=300に税率の8%を乗じた24が納税額になります。事業者Bは事業者Cから500で仕入れていれば、700-500=200に8%を乗じた16が納税額。事業者Cは原料生産者で仮に仕入れかないとすると、500-0=500に8%を乗じた40が納税額になります。この三者が納めた税額24+16+40=80が、商品を1000で購入した消費者が支払う消費税80に相当するのです。

 しかし、この算出方法には問題がありました。もし、事業者Bが免税事業者であった場合、事業者Aは仕入れ額に税額が含まれていないので仕入税額控除はできず、その分、納税額は増えるべきです。しかし、この帳簿方式では、すべての仕入れに税額が含まれているとみなすため、こうした免税のことは考慮されません。つまり、税額が含まれていない仕入れにおいても税額控除が適用され、いわゆる益税が発生することになるのです。

 これに対して、欧州などの諸外国ではインボイス方式をとっています。これは、個々の取引で税額を明記した請求書(インボイス)を発行し、その税額に基づいて、事業者が納税する税額を算出するものです。先述の例で見ると、事業者Aの売り上げに対する税額は1000に8%を乗じた80。そして、仕入れ先の事業者Bから発行されたインボイスに明記された税額は700に8%を乗じた56なので、80-56=24が事業者Aの納税額になります。事業者Bは、事業者Cの500に8%を乗じた40のインボイスを基に、56-40=16か納税額になります。事業者Bが免税事業者であった場合、インボイスは発行されないので、事業者Aは仕入税額控除ができなくなります。インボイス方式であれば、益税は発生しにくくなるわけです。

 2017年の軽減税率の導入にともなって、インボイス方式が2021年から導入されることになりました。軽減税率がインボイス方式導入のきっかけになったのは、帳簿方式では複数税率に対応するのが事実上困難なためです。いわば瓢箪から駒のような形で、複数税率に対応しやすいインボイス方式が導入されることになったわけです。しかし、税の公正さや透明性さらには事業者間の競争中立性という意味で、インボイス方式の導入は最大のメリットになるといえます。

日本の仕入税額控除にはまだ不公正がある

沼田 博幸 インボイス方式の導入で、目に見える不公正は解消されることが期待できます。しかし、日本の仕入税額控除にはまだ問題があります。事業者は経費扱いとすれば、高級レストランでの飲食も、高級車の購入も、仕入税額控除できることになっているのです。これでは、つねに消費税を払っている一般消費者に対して不公平です。

 実は1990年に、当時の消費税の標準税率3%に対して、食料品を1.5%の軽減税率にする税制改革案が検討されたことがありました。その際、税収減少の対策として、事業者の交際費や自動車の購入費は仕入税額控除から除外する案が出ました。そのときは軽減税率の案がつぶれたため、仕入税額控除の見直しもなくなりましたが、今回は軽減税率導入が決まったのですから、仕入税額控除の制限を実施し、贅沢な消費に対する課税漏れの解消を検討すべきです。こうした仕入税額控除の制限は、欧州では広く行われています。それは、税収減少の補填となるだけでなく、本来、不公平があってはならない税制の是正につながるものと考えます。

 消費税の実質的な負担者は消費者であり、事業者の役割はいわば徴収代理人として納税事務を負担することです。事業者の過度な優遇につながる仕組みは見直すとともに、軽減税率の適用など執行面で発生する問題には、事業者と税務当局とが互いに協力して解決することが望まれます。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

沼田 博幸

明治大学 専門職大学院会計専門職研究科 教授

研究分野
間接税の論理、消費に対する一般間接税の比較研究、EUの付加価値税と日本の消費税の仕組みの比較など
主な著書・論文
  • 共著『ベーシック租税法』(同文館出版、2015年。「第2章 租税法の原理」と「第6章 消費税」を担当)
  • 共著『ベーシック国際租税法』(同文館出版、2015年。「第4章 国際的二重課税の排除」と「第9章 消費税と国際課税」を担当)
  • 「一般間接税100年の回顧と展望 - クロスボーダー取引への対応を中心として -」(租税研究782号 2014年)
  • 「公共部門に対する消費課税のあり方について - 消費税法60条4項の見直しを中心として -」(会計論叢10号 2015年)
  • 「消費課税の仕向地主義への移行」(税務弘報 2015年5月号)
  • 「複数税率化とインボイス制度」(JTRI税研154号2010)

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