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TPPの本質を理解し、変革のチャンスとすべき

  • 明治大学 農学部准教授
  • 作山 巧

10月5日、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉に参加する12ヵ国は、交渉の大筋合意を発表しました。日本国内では、これから国会で対策の議論や批准の審議が行われますが、国民である私たちはTPPの何に注目し、どう対応すれば良いのでしょう。

TPPの大筋合意は条件つきの支持

作山 巧 日本のTPP 交渉への参加協議に従事した元農水官僚の私にとって、今回の大筋合意は様々な意味で感慨深いものがあります。しかし冷静にみると、現時点での評価は「条件付きの支持」となります。

 評価できる点は、私も以前に参加した世界貿易機関(WTO)での貿易自由化とルール作りの交渉が全く進展していない中で、環太平洋の12ヵ国が何とか大筋合意を達成したという点です。貿易の自由化は、本来はWTOで行うのが望ましいのですが、それができない以上は、次善の策として考えられるのはTPPのような地域的な取組みしかありません。日本やアメリカが参加するTPPが成立すれば、それは世界各国に大きな影響を与えることになります。

 一方で、「条件付き」となるのは、日本政府の説明と対応が適切でない点にあります。現段階では、私たち国民はTPPの本質を理解しているとはいえず、そのため、今後政府が打ち出すであろうTPP対策にも、正しい判断ができなくなる恐れがあるのです。

TPPの本質は経済効果ではない

 安倍首相はTPPによる経済的メリットを強調していますが、実は、TPPへの参加による日本の経済的な利益はそれほど大きくありません。現在、日本の最大の貿易相手国は中国です。このため、経済規模が大きく保護や規制の多い中国と貿易自由化ができれば、日本の経済的な利益はTPP11カ国の合計よりも大きいことは日本政府も認めています。ではTPPの意義は何かといえば、環太平洋の国々で中国を取り囲んで牽制する政治的意図にあるのです。

 実は、アメリカでもTPPに反対する声は大きいのです。そうした意見に対してオバマ大統領は、「アメリカがTPPでルールを作らないと、代わりに中国が作る。それで良いのか」という旨の演説を議会で行い、ナショナリズムに訴えました。これがTPPの本質をついています。こうした政治的な意義に加えて、日本にとってもTPPは、自由貿易交渉が進展しない中国やEUに対して、交渉を有利に進める戦略的なカードとしても使えます。問題なのは、オバマ大統領はTPPの政治的・戦略的な意義を語っているのに対し、安倍首相の方は、本来は大きくない経済的なメリットを喧伝することで、TPPの本質を隠そうとしている点です。

農業保護の仕組みを変えるきっかけに

作山 巧 安倍首相の説明に疑問を感じる点はまだあります。日本政府は、農業界には「重要5 品目は守った」と言い、消費者には「輸入品の価格低下でメリットがある」と言っています。しかし、農産品の関税を維持することは輸入価格が低下しないことを意味し、消費者の利益とは両立しません。大筋合意の内容をみると、米に関してはアメリカとオーストラリアに対する輸入枠が新設されていますが、その数量は両国合わせて8万トン弱で、国内の年間消費量の約1%程度です。これによって米の価格が大きく低下するわけではありません。つまり、今回の大筋合意では、本質は農業の保護を優先し、消費者のメリットは少ないのが現実です。

 こうした中で、介入主義的な対策の導入が懸念されます。米の輸入枠新設を受けて、備蓄用に買い上げる国産米の数量を増やして、価格低下を防止すると政府は説明しています。しかし、これでは消費者の米離れを加速するだけでなく、安倍政権が推進する農産物の海外輸出にも逆行します。アメリカやヨーロッパでは、農産物の価格は基本的に市場に委ね、農家の所得は直接補助金で補填する制度が主流です。これなら、自由貿易によって農産物の価格が下がれば消費者にはメリットがあり、他方で農家も困窮することはありません。先進国では一定の農業保護は必要で、アメリカもEUもこうした農家への補助金に、毎年10兆円程が支出されています。TPPでも、関税は削減されますが国内補助金への制約はありません。日本にとっても、今後のEUや中国等との自由貿易交渉で追加的な関税撤廃は避けられないことから、TPPを契機に欧米型の制度に移行していくのが望ましいでしょう。

 農業対策のもう一つの懸念は、TPPに便乗して農業土木の公共事業を回復しようとする動きが見られることです。農地の集積は他の手段でも可能であり、公共事業は農家にも負債が残る仕組みであることから、国民の批判を浴びたガット・ウルグアイ・ラウンド対策の愚行は繰り返すべきではありません。

生産者も消費者も変わるチャンス!!

 農家の方々には、TPPに対する懸念が広がっています。しかし、今回の合意では重要5 品目の多くで関税が残され、当面の影響はそれほど大きくないと考えています。他方で、これから政府が打ち出すTPP対策の中には、やる気のある農家を支援する内容が盛り込まれるはずです。農業の6次産業化、高品質の農産物によるブランド化、輸出の促進といった様々な対応が考えられます。このように、影響は大きくない一方で新たな支援策が得られるのですから、ピンチをチャンスに変える機会と捉えるべきでしょう。また、消費者も目先の安さにとらわれるだけでなく、生産者を応援するためにできるだけ国内産を購入してもらいたいと思います。消費者一人一人の行動が、日本の農業を守り、日本人の心の故郷である美しい田園風景を守ることにつながるのです。

 日本を含めた先進国に共通する問題は、加工食品や外食の普及で生産者と消費者の距離が遠くなり、お互いのことがよく分からない点にあります。このため、農業団体は、消費者の理解を求める前に政治家に頼る一方で、都市の消費者には保護に依存する農家というイメージが広がっているように思います。他方で、すでに直販を始めている農家は、「新鮮な野菜はこんなに美味しいんだ」という消費者の声に感激し、農業へのモチベーションが高まったといいます。TPPは、やる気のある農家を育み、農家と消費者の相互理解と関係改善を促すチャンスとすべきです。政府は、そのための前向きな支援策を打ち出すべきでしょう。

●TPP交渉の裏側を詳しく知ることができる、作山准教授の著書が発刊されています。
「日本のTPP交渉参加の真実」(明治大学社会科学研究所叢書)

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

作山 巧

明治大学 農学部准教授

研究分野
貿易政策の政治経済学
学位
博士(国際経済学), M.A.(開発経済学), M.Sc.(農業経済学)
1965年岩手県生まれ。1988年に農林水産省に入省し、外務省経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官(在パリ)、国際経済課課長補佐(WTO農業交渉担当)、国際連合食糧農業機関エコノミスト(在ローマ)、国際部国際交渉官(TPP参加協議等を担当)、内閣官房国家戦略室企画官併任(TPP国別協議チーム)等を経て、2013年より現職。
主な著書・論文
  • 「日本のTPP交渉参加の真実-その政策過程の解明-」(文眞堂・2015年)
  • 「Payment for Environmental Services in Agricultural Landscapes」(共編著・Springer・2008年)
  • 「農業の多面的機能を巡る国際交渉」(筑波書房・2006年)

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