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知られざるTPP交渉における著作権問題―表現の自由と権利者保護をめぐって―

  • 明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授
  • 今村 哲也

TPP(環太平洋経済連携協定)は、環太平洋地域の国々による経済の自由化を目指した多角的なルールづくりだ。実際は、参加国のGDPの約9割を占める日本とアメリカの妥結内容が他国にも大きな影響を与える。現在、日米の交渉はコメを含む農産品と自動車の関税が争点になっているが、実はその一方で著作権などの知的財産という隠れた重要事項も入っている。国益がぶつかり合う知的財産の問題。著作権の問題をテーマに現状と今後を探った。

著作権問題は「親告罪」の日本

――TPP交渉項目の中に、著作権をめぐる重要な問題が含まれると指摘されています。それはどういったものか、ご専門の立場から解説をお願いします。

私は著作権法制度を研究対象の一つとしています。最初に理解してもらいたいのは、日本においては、著作権侵害の刑事事件は親告罪であるということです。著作権侵害に対しては、損害賠償などを求める民事事件と、処罰を求める刑事事件とがありますが、民事事件は訴えがなければ裁判には至りません。刑事事件には親告罪と非親告罪とがあります。刑事事件における親告罪とは告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のことで、著作権者が告訴しない限り、刑事責任を問うことはできません。
親告罪は、事実が公になると被害者に不利益になるような犯罪(わいせつ罪の一部、名誉毀損など)に適用されますが、著作権侵害が親告罪であるのは、罪責が比較的軽微であり、また当事者間相互での解決を図るべき犯罪とされているからと考えられます。加えて、より重要な点は著作権が個人の財産権であるということです。著作権が侵害されたかどうかは、あくまで著作権者の判断に委ねられるものとされてきました。また、あらゆるところに著作権は存在し、日本においては、黙認という形ではあるものの、「二次創作」をはじめ著作権が活発に利用され、それが文化の発展を促している側面もあります。TPPの交渉内容は非公開ですが、リーク情報によれば、「著作権侵害の刑事罰の非親告罪化」および「著作権法保護期間の延長」が検討されているといわれています。

自国のルールを持ち込んできた米国

――「非親告罪化」や「著作権保護期間の延長」が議論の俎上に上
がってきたのは何故なのでしょうか。

そもそも、著作権を含む知的財産権に関する国際的な取り組みは19
世紀まで遡ります。著作物の国際的保護を目的として締結された
「ベルヌ条約」が嚆矢で、幾度かの改正があり、国連専門機関の
フォーラムを中心とした国際的なハーモナイゼーションの中で、よ
り良いルール作りの検討が進められてきました。その後、知的財産
制度の国際的調和の実現については、貿易に関連する様々な国際
ルールのひとつとして、WTO(世界貿易機関)のフォーラムでも議
論されるようになりました。しかし、WTOの加盟国が増えて合意形成が困難となってきたため、自由貿易協定(FTA)のような少数国のフォーラムで、より高い知的財産権の保護を求めるようになりました。TPPはFTAのひとつです。そしてここへきて、知的財産権は貿易円滑化に資するものという観点から、アメリカはTPPで「非親告罪化」という要求を突き付けてきたわけです。実際は、貿易円滑化というより自国産業の利益のために、自国のルールをTPPの中に持ち込んできたものです。「非親告罪化」は、著作権者に有利に働きます。アメリカにしてみれば、ディズニーやハリウッド映画などに代表される、巨大な利益を生み出す知的財産を著作権侵害から保護するのが目的と言えるでしょう。
また、日本での著作権の保護期間は、著作者の生前および死後50年までですから、原則50年経つまでは、許諾がなければその著作物を利用した自由な表現活動はできないことになっています。アメリカは、自国内で著作権保護期間を順次延ばしてきた歴史がありますが、TPPでは著作者の死後70年という保護期間延長を主張しています。「著作権保護期間の延長」は「非親告罪化」と同様に、自国産業の利益を目指したものと言えます。

「非親告罪化」の功罪

――「非親告罪化」は何が問題となるのでしょうか。実際に、TPP交渉で「非親告罪化」が成立・批准されれば、何が変わるのでしょうか。

「非親告罪化」されれば、著作権者の意図に関わらず、検察が独自に動き、あるいは一般からの通報などによって逮捕者が出る可能性があります。著作権者が黙認しているようなものまで取り締まる可能性も出てきます。今まで日本は、厳密には違法だが問題視されていない著作物利用によって、サブカルチャーを中心に文化・表現活動を発展・活性化させてきた側面があります。代表的なのが、パロディー化や二次創作で、それがオタク文化、あるいはクールジャパンとして世界に発信されてきました。「非親告罪化」の影響はこれら表現の分野に留まりません。たとえば、企業内コピー(複製)や教育・研究の分野でのコピーなども形式的には著作権に抵触する場合があります。「非親告罪化」によって、どれだけ著作権者による告訴ではない公訴が起こるかは不透明ですが、検察・警察の裁量範囲が広がることは確かです。そうした潜在的なリスクがあることによって、「非親告罪化」は事業活動や表現活動を委縮させてしまう可能性があるのです。
ただ「非親告罪化」にはメリットもあります。海賊版対策です。著作権者があきらめざるを得ないような巨大な海賊版サイトや海賊版商品などを、検察の権限で取り締まり、公訴することが可能となります。海賊版の多くは裏社会の資金源と言われていますから、その意味において「非親告罪化」は社会正義の実現に資することになるとも言えます。

手塚治虫作品の著作権の行方

――「著作権保護期間」の50年から70年への延長が検討されているということですが、それが導入された場合、実質的にどのような影響があるのでしょうか。

著作物の流通に、今まで以上に制約があるということですから、文化発展の阻害要因の一つになるかもしれません。米国のポール・ヒールド教授の実証研究では、著作権で保護されている過去の人気小説は、著作権が消滅している過去の人気小説よりもマーケットで入手しにくく、値段も高くなっているという分析が示されています。また著作物の中にはオーファンワークスと呼ばれる、著作権者が所在不明のため利用許諾が得られない著作物もあります。保護期間の延長はこのオーファンワークスを増やすことになるでしょう。過去の作品のデジタルアーカイブ化を進めるアーカイブにとっては、重大な問題です。しかし、一般には、新しい作品の方がマーケットで売れるので、アーカイブやごく一部の著作物利用者を除けば、死後50年であろうと70年であろうと大きな影響はないと考えられます。ただ著名な著作物や著作者には様々な感情が働きます。たとえば、日本を代表する漫画家である手塚治虫。彼は1989年に亡くなっていますから、著作権保護期間50年とした場合、2040年には著作権を失います。日本が生んだ偉大な漫画家である手塚治虫の作品が、世界中で、好き勝手に利用される状況を多くの日本人は好ましいとは思えないかもしれません。しかし、時間が経てば公有になるというのも、著作権が持つ一つの重要な側面です。

求められる法制度のリフォーム

――TPPにおける著作権の問題、さらには今後の日本の著作権に関する先生のお考えをお聞かせください。

「著作権侵害の刑事罰の非親告罪化」や「著作権保護法の延長」については、単純な立法論としては反対です。しかしTPPという貿易協定が、関税などの問題も含めてわが国の国益に資するのであれば、成立とその批准はやむを得ません。その際重要なのは、国内法を適切に制度設計することで、それら事項のデメリットを極小化することです。現行法のまま厳密に「非親告罪化」を適用すれば、多くのものが刑事罰の対象となる著作権侵害と見なされてしまいます。歯止めとなる仕組みや規定が必要と思われます。
著作権というのは、その円滑かつ適正な利用によって、表現の自由を確保し文化の発展に寄与するものです。しかし当然そこでは、著作権者の権利を保護することが必要です。今、求められているのは、著作物利用の円滑化とルールの明確化にほかなりません。日本の著作権法は時代に即してマイナーチェンジしてきました。しかし現在、法律自体をリフォームすべき時代にきていると考えています。著作権法は、契約によるライセンス(利用許諾)に基づく著作物の利用を前提としています。契約とは、いわば私人が自らの従うルールを当事者の間で定めるものですが、契約によるライセンス制度は、業者間のライセンスや音楽著作物の集中管理など一部の領域を除けば、日本は総じて未熟な状況にあります。ライセンスが未熟なのは、1970年につくった現行法の権利制限規定が、技術の発展と浸透にともなって、相対的に広すぎるものになってきたという側面も指摘できると思います。著作権が制限される分野では、無許諾でも著作物を利用できるので、ライセンスが発展しにくいからです。法制度のリフォームと適切なライセンス制度の発展が、表現の自由と著作者の権利保護の最適なバランスを実現すると考えています。

――本日は、ありがとうございました。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

今村 哲也

明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授

研究分野
新領域法学 (知的財産法)
研究テーマ
権利者等不明著作物の利用の在り方に関する総合的考察、地理的表示の保護に関する研究、著作権ライセンスに関する研究
学位
博士(法学)
主な著書・論文
  • 「コンテンツビジネスと著作権法の実務」(共著・三協法規出版・2015年)
  • 「我が国における著作権者不明等の場合の裁定制度の現状とその課題について」(『日本知財学会 誌』11巻1号・2014年)
  • 「著作権者不明等の場合の裁定制度の在り方について」(論究ジュリスト9号・2014年)
  • 「近時のイギリスにおける著作権法改革の動向からの示唆――2011年のハーグリーヴス・レヴューにおける論点を中心に――」(『著作権研究』38号・2013年)
  • 「地理的表示に係る国際的議論の進展と今後の課題」(『特許研究』55号・2013年)
  • 「出版者の権利に関する比較法的考察――イギリスの立法例を参考として」『現代知的財産法講座Ⅲ 知的財産法学の国際的交錯』(共著・日本評論社・2012年)
  • 「出版者の保有するべき権利のあり方について」(『ジュリスト』1432号・2011年)

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