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公共政策から社会問題を考える ―物事を相対化し、多角的に考えることの重要性―

  • 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授
  • 塚原 康博

人口減少・高齢社会における地方の課題

塚原康博教授 ――いま、人口減少と高齢人口の増加で、地方が疲弊していますが、現状をどのようにご覧になっていますか。

高齢化と人口減少が地方の存続を難しくしています。高齢化と人口減少は日本全体に当てはまりますが、若い人が都会へ出ていくことで、とくに地方が人口減少と高齢化の影響を強く受けます。農村部では過疎化が進み、廃屋が目立ち、市街地もシャッター街になります。行政は税収が減り、公共サービスが行き届かなくなります。とくに社会資本の維持が難しくなります。道路や水道管の修繕が十分にできません。社会資本は本来、みんなで少しずつ負担して使うもので、人口が多ければそれも楽なのですが少ないとできません。高齢化と人口減少で近所づきあいもままならず、地域コミュニティが崩壊し、地方自治体も立ち行かなくなる。そして、病院も成り立たなくなって、地域医療も崩壊しかねない状況です。
地方に人を定着させ、若い人を呼び戻すためには、地方を活性化する必要があり、国も地方創生を政策の柱にしています。日本公共政策学会では、毎年、全国の大学生を対象に学生コンペを開催しており、このコンペでは、若い人の目線から地方を活性化するための提案が数多くなされています。地方を活性化し、持続可能とするための妙案はありませんが、この問題はゆくゆくは地方のみならず、日本全体に波及する問題なので、みんなでこの問題の存在を認識し、考えていくことが重要だと思います。

すそ野が広い産業としての医療

 ――医療にフォーカスすると、ご専門の公共政策の視点から先行きに展望はありますか?

医療の面では、高齢者はどうしても若い人に比べ病気になりやすく、医療費が数倍かかります。高齢化の進展や医療技術の高度化などによって医療費全体は増加を続けています。医療費の大きな部分は保険料で支えられており、保険制度はみんなで支え合う制度です。みんなで支え合うとはいえ、負担の増加には限度があるので、医療をできるだけ効率化して、医療費は抑制しなければなりません。ただ、医療問題はそうしたマイナスの面だけでなくプラスの面、メリットを考えることも大切です。
メリットは言うまでもなく、医療を受けることによってもたらされる健康の回復や痛みを軽減する便益です。国民はだれも健康の維持・回復をある程度、保障されるべきではないでしょうか。そして、医療は産業として、医療サービスの広がりや医薬品の増加がGDPを増やし、雇用を生み出します。製造業の多くが海外移転する中で、国内に残る有力産業は、高い技術に裏打ちされた付加価値の高い製造業や、輸入のできないサービス業などと予想されます。その点で医療は、再生医療や医薬品、検査や治療目的で海外から患者を呼ぶことができる医療ツーリズムなどへの展開もあり、産業連関でみても波及効果が大きくすそ野の広い産業です。公共政策としても、これからの日本における有望な分野として位置づけられるべきです
他方で、看護や介護の人手不足という問題があります。この点で、日本では付加価値の高い医療機器や介護機器、とりわけ介護ロボットが注目されています。介護ロボットの中には軽度の要介護者を対象にしたデイサービスにおいて歌を歌い、司会までするコミュニケーション・ロボットなど、さまざまな機能を持つロボットも登場しています。
付加価値の高い医療・介護機器や介護ロボットの導入は、人口減少による介護者の人手不足および高齢化による介護ニーズの増大へ対処する手段としてきわめて有効であり、労働生産性の上昇につながるので、経済成長に寄与します。この分野で日本がリードしていければ、将来、日本の後を追って高齢化する国へこれらの機器やロボットを輸出することが可能になり、付加価値の高い製造業として有望な分野と考えられます。
医療や介護に対する政策はマイナス面とプラス面を考慮した多角的な視点をもつことが重要であり、バランスのとれた運営が必要です。

医師と患者の認識ギャップ

 ――医療関連では、先生はインフォームド・コンセントについて、情報コミュニケーションの視点から問題点を指摘しておられますね。

医療現場におけるインフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスつまり、医師が患者に医療行為について十分に説明して患者の同意を得たり、患者の選択を尊重するなど患者中心の医療を目指すことですが、実態を調査してみると、医師が感じている以上に、患者は医師の情報提供が十分でないと感じ、患者の意思も十分尊重されていないと感じているという結果が得られています。一方で、患者による医師への説明は、患者より医師のほうが十分でないと感じているという結果も出ています。
これは、医療現場における同じ行為でも医師と患者の立場の違いで、その評価が異なり、自分の行為は高く評価し相手の行為は低く評価する傾向があることを示しています。このような医師と患者の認識ギャップは、医師と患者の相互の不信を招き、医療不信につながりかねません。したがって、人間は立場の違いで評価にバイアスがかかる可能性があることを理解することは重要です。そのうえで、解決策を考えるべきだと思います。
最近では”モンスター・ペイシェント”といった言葉もあるように、とくに救急車の頻繁な出動に見られるような”ワガママな患者”も目立つようです。患者中心の医療を推進することは正しいとしても、患者中心が行き過ぎていないか、医師の立場からみて問題が生じていないかなどの視点も必要だと思います。

国民性を考慮しない弁護士の増加

 ――大学は、行政と民間の仲に立ち、行政課題解決の遂行を支援しているといえます。公共政策の視点から、現在の大学の状況をどのようにご覧になっていますか。

公共政策の考え方としては、基本的に政府が出て行かないで民間で解決できればいい、市場メカニズムによって解決されるのが一番いいと思っています。それでも民間では手に負えないもの、解決できないものは、政府が出て行く必要があるでしょう。何よりも重要なことは、課題解決に対して多角的に検討し、遂行することだと考えます。
そこで、大学にも関連した公共政策の課題について一つの例を挙げますと、政府の大学教育政策で、大学にロースクール開設を伴う弁護士増加政策があります。市場原理に照らせば、弁護士を増やしても弁護士の需要がなければ、弁護士の収入が減るか職に就けない弁護士が発生します。また、供給の増加は質の低い弁護士を増やす可能性もあります。弁護士の需要が増えれば、収入は維持され、質の高い人材も参入すると考えられますが、日本で弁護士の需要は増えるのでしょうか。人口減少局面に入っていることに加え、日本人の国民性を考えてみる必要があります。
日本の国民性としては、公共の場でなるべく他人の迷惑にならないようして、トラブルの発生を回避しようとします。したがって、訴訟は多くないし、今後もそう多くならないと考えられます。弁護士を増やすという発想は、アメリカ社会を参考にしたものと思われます。アメリカは契約社会であり、契約を破れば訴訟に持ち込まれるケースが生じるため、必然的に訴訟の多い社会です。外国の制度を持ち込む際には、国民性の違いを考慮することが必要であり、需要や供給に関する配慮も必要です。
いま日本では、弁護士の就職難や大学のロースクール閉鎖が報じられています。こうした問題が生じている原因は、物事を多角的に考えるという視点が欠けていたからだと思われます。外国の制度や政策を導入する際には、物事を多角的に考え、よく熟慮を重ねた上で、導入の可否を決めるべきでしょう。

社会変化に応じた漸進的な大学の国際化

 ――もうひとつ、公共機関としての大学の国際化について、どのようにお考えですか。

日本は人口減少局面に入り、大学入学希望者も減少すると予想されます。需給の観点からは、需要(受験者)が減るため、供給(定員)も減らさないと受験定員割れが生じたりする可能性があります。定員を減らさないなら、外国からの留学生を増やすか、社会人入学を増やす以外に手がないでしょう。また、人口減少にともない国内市場が縮小すれば、外国で職を探さざるを得なくなるので、日本人の外国語力を強化しなければならず、大学が国際化を進めることは方向として正しいと思います。
ただし、問題はその進め方の速度です。国は国際化を進めるために、留学生や外国での教育・研究経験のある教員等の比率拡大を掲げています。国際化の参考事例としてアメリカの大学を念頭に置いているようですが、アメリカは大学の教育や研究の質が高く、有力な大学を卒業すれば、学費に見合う就職先がほぼ保証されています。結果として世界中から留学生が集まってくるわけです。このような因果関係を無視して、無理に留学生を増加すれば、欧米の大学に合格できない学力の低い留学生を集める可能性が高く、無理して外国での教育・研究経験のある教員等を増やせば、研究より語学力を重視することになり、研究能力の低い教員を増やしてしまうリスクもあります。
大学の国際化は、教育や研究の質の低下のリスクにも注意しながら、徐々に進めていくべきです。大学の国際化は急激に進めるべきではなく、社会の変化と同じかそれより一歩先を行く程度の速度で行くべきだと思われます。影響を多角的に考え、バランスのとれた方策をとっていくことが重要だと考えます。

※掲載内容は2015年2月時点の情報です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

塚原 康博

明治大学 情報コミュニケーション学部 教授

研究分野
公共政策
研究テーマ
人口減少・高齢社会の公共政策、人間行動の経済学
学位
博士(経済学)
主な著書・論文
  • 『少子・高齢化と日本経済』(共著・文眞堂・2014年)
  • 『問題解決のコミュニケーション』(共著・白桃書房・2012年)
  • 『医師と患者の情報コミュニケーション』(単著・薬事日報社・2010年)
  • 『入門現代経済学要論』(共著・白桃書房・2010年)
  • 『平成不況』(共著・文眞堂・2010年)ほか多数

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