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急速な円安と日銀の量的金融緩和策の弊害 ―バランスのとれた、柔軟な金融政策運営を―

  • 明治大学 商学部 教授
  • 打込 茂子

円安加速、日米の政策方向性の違いから

打込茂子教授 私たちの生活や企業活動などに影響する最近の急ピッチな円安には、二つの基本的な背景があります。一つは日本の貿易収支の大幅赤字と経常収支黒字の縮小。もう一つは日米の景気と金融政策の方向性の違いです。今回はとくに金融政策の方向性の違いが一段と鮮明になって円安が加速したと言えます。
アメリカは10月29日に、QE3(量的金融緩和政策第3弾)の終了を決定しました。ゼロ金利政策は「相当な期間」維持するが更なる資金供給は停止するというものでした。これに対し日本は2013年4月の異次元緩和に続いて、10月31日に”サプライズ緩和”と呼ばれる追加緩和を発表しました。日銀の ①資金供給量(マネタリーベース)の増加額を年間約80兆円に拡大(10~20兆円追加)②長期国債買い入れ額を年間約80兆円に増額(30兆円追加)③ETFとJ-REITの買い入れ増額・・・という内容ですが、わずか2日違いの対照的な政策表明となり、為替市場に大きなインパクトを与えました。
加えて、12月5日に発表されたアメリカの雇用統計が市場の予想を上回り、アメリカの景気好調⇒金利の前倒し引き上げ観測⇒先行き円安・・・という連想が進んだことも拍車をかけました。

円安の好影響弱まり、負の側面が目立つように

 円安は日本経済全体にとって好影響をもたらすとされていますが、最近ではそのプラス効果が弱まる一方で、弊害が目立つようになりました。まず、円安が進んでも輸出(数量)は以前よりも伸びなくなっています。その理由としては、自動車などを中心に生産拠点の海外移転が進んだこと、競争力の高い商品では収益改善を優先して円安でも現地での価格をあまり引下げなくなったこと、家電や情報通信機器などで競争力が低下していることなどが挙げられます。円安は輸出型の大手製造業の収益を改善させても、輸出主導の景気回復にはつながらず、一方で輸入品・原材料価格上昇から、輸入の多い内需型企業や中小企業、そして家計の負担は極めて大きくなっています。円安の恩恵と負担には偏りがあり、円安が進むほどその差は拡大します。しかも、対ドルの円相場で見られるよりも実質的な円安は進んでおり、円の総合的な価値を示す実質実効為替レート(国際決済銀行(BIS)算出)でみると、現在は過去40年で最も円安の水準にあります。
また、円安スピードが速すぎます。アベノミクスの起点となった2012年11月14日(党首討論で野田前首相が衆院解散を表明した日)の為替レート1㌦=79.90円に対し、今年8月時点では101~102円だったのが、秋以降の円安加速で12月には一時121円台となりました。為替変動への対応力をつけてきた日本企業もこの変化スピードには対応し切れないようです。

追加緩和は必要だったのか、金融政策に違和感

 円安を引き起こした日銀の追加緩和の理由は、原油安による物価上昇の鈍化です。日銀はデフレ脱却のための指標として消費者物価指数(生鮮食品・消費税の影響を除く)で「2%の物価上昇を2015年度にかけて達成する」というインフレ目標を掲げています。原油価格下落は目標達成には望ましくないと捉え、追加緩和に踏み切りました。”円安誘導がねらい”とは国際的配慮から言えませんが、追加緩和で円安になれば輸入品の価格上昇で原油安の影響を相殺できる、というロジックです。
確かにデフレ脱却は望まれますが、原油など輸入品価格の下落は景気に好影響を与え、やや長い目で見れば物価を押し上げる方向(デフレ脱却)に作用するはずです。そうした経済への好影響を減殺してまで2015年度インフレ目標達成にこだわる必要があったのかは疑問です。日本経済にとっては、そのまま原油安の恩恵を享受する方がベターではなかったか、日銀の政策運営に違和感を感じざるを得ません。しかも、11月27日にOPECが減産に合意できなかったことから、原油価格は急落し物価押し下げ圧力が増大しています。今後さらなる円安(⇒輸入物価押し上げ)へ向けて追加緩和策を発動し続けるのかと懸念します。

国債市場の流動性低下や財政規律の緩み心配・・・”出口”一段と難しく

 もう一つ、日銀による国債の大量購入は、別の大きな問題をはらんでいます。追加緩和で長期国債の買い入れ額は年間80兆円と、年度の財政赤字(=新規財源債発行額、40兆円前後)を大きく超える規模になっており、国債金利に低下圧力が大きくかかる一方で国債市場の流動性が低下するなど、市場に与える副作用が指摘されています。財政規律を弱め、財政再建を遅らせる惧れもあります。一部には、日銀の国債大量購入が、実質的な”財政ファイナンス”(日銀による財政赤字の補てん)にあたると指摘する声も出ています。
そして、追加緩和により日銀の資産規模が一段と拡大すると、デフレ脱却後の緩和策からの”出口戦略”がさらに難しくなります。日銀のマネタリーベースは2015年末に350兆円を突破し、GDP比でみると約7割に増大する見込みです。2割前後の欧米中銀と比較して突出しています。緩和が長引けばその度合いは一層拡大しますが、消費税増税延期によりその可能性は高まったとみられています。
出口政策は、市場に混乱を生じさせないように慎重に進める必要がありますが、追加緩和の結果、出口の終了(資産規模の正常化)までには相当の期間を要することになるでしょう。また、日銀が国債を買わなくなると、国債金利が大幅に上昇する可能性があります。これを避けるためにも、緩和終了時点までに財政再建を着実に進めておく必要があります。

柔軟な金融政策運営と成長戦略の推進を急ぐべき

打込茂子教授 こうした矛盾や弊害は、政策の行き詰まりを示すものと言わざるを得ません。ここはやはり、インフレ目標の修正・柔軟化など、日銀への信認を損なわない形での政策見直しが必要です。具体的には、①目標達成期間の長期化 ②他の指標も含めた総合的判断への移行・・・といったことが挙げられます。原油価格の大幅下落という、日銀の金融政策では制御できない事態を逆手にとって政策柔軟化に踏み出すべきでしょう。よりバランスのとれた金融政策の実行が必要です。
同時に、政府としても金融政策への依存から脱却し、”第三の矢”である成長戦略の推進、とくに大胆な規制緩和によって生産性、競争力を高め経済の活性化を図っていくことが求められます。

【補】日銀の量的緩和と国債購入:日本銀行の「量的金融緩和政策」は、日銀が市場から長期国債など金融資産の購入を拡大し、その代金支払いのかたちで資金供給量(マネタリーベース=流通現金+日銀当座預金)を増加させるもの。代金支払いの結果、日銀にある金融機関の当座預金残高が増加する。

※掲載内容は2014年12月時点の情報です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

打込 茂子

明治大学 商学部 教授

研究分野
国際金融、金融
研究テーマ
国際資本移動と国際通貨・金融システム
学位
博士(商学)
主な著書・論文
  • 『変革期の国際金融システム-金融グローバル化の影響と政策対応』(単著・日本評論社・2003年)
  • 『アメリカの金融市場』(共著・東洋経済新報社・1982年)
  • 「金融規制・監督の新たな潮流-TBTF問題を中心に-」(明治大学社会科学研究所紀要・2012年)
  • 「中東欧の金融危機と外資系銀行」(明治大学商学研究所『明大商学論叢』・2011年)ほか多数。

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