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TPP交渉の行方を読み解く ―求められる国民一人ひとりの判断―

  • 明治大学 農学部准教授
  • 作山 巧

関税撤廃を目指した自由貿易協定

作山巧准教授 私は農林水産省で25年間勤務し、最後の3年間はTPP交渉に従事していた。その経験を踏まえて、TPP問題を考えてみたい。TPP(Trans-Pacific Partnership=環太平洋パートナーシップ協定)は、2014年3月時点で12ヶ国が参加しているアジア太平洋地域における自由貿易協定構想だ。その原点は、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4ヶ国で2006年に発効したTPSEPA(環太平洋戦略的経済連携協定)であり、TPPはその拡大交渉と位置付けられる。2008年9月に、米国のブッシュ政権がTPP交渉への参加を表明したことを契機に国際的に注目されるようになり、その後豪州、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ、カナダが順次交渉に参加した。
 日本は、2010年10月に民主党の菅首相がTPP交渉への参加検討を表明し、以来日本のTPP参加交渉を巡って国論を二分する論争が巻き起こった。その最大の理由は、TPPが輸入品に課せられる税金である関税を原則として撤廃することを目指しているからであった。特に農業への打撃が予想されるため、農協などは強く反対してきた。農村地帯の票の取り込みを狙った自民党は、2012年12月の衆議院選挙で「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、TPP交渉参加に反対」を公約に掲げた。年が明けて2013年2月、安倍総理はオバマ大統領と会談し、TPPは「聖域なき関税撤廃が前提ではないことが明確になった」と説明した上で、翌3月に交渉参加を決定し、7月から交渉のテーブルについたが、周知のように妥結には至っていない。

TPPの安全保障や戦略面での意義

 私は2010年12月から2013年3月の交渉参加決定まで、情報収集や交渉参加に向けた米国や東南アジアなどのTPP参加国との協議に従事した。ハイライトといえるのが2013年2月の安倍首相とオバマ大統領の会談である。会談後、安倍首相は「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」と説明したが、これには裏がある。日本サイドは、「交渉に入る時点で関税撤廃を約束するわけでない」と解釈しているのに対し、米国サイドは、「交渉の中で関税撤廃を約束してもらう」という考えなのである。このように日米両国は、最初からお互いの解釈が異なることを分かっていたのだから、その後の交渉が難航するのはある意味で当然だ。他方で、安倍政権としてTPP交渉そのものに参加しないという選択肢はなかったと思う。なぜならTPPは単なる自由貿易の促進に留まらない意味を含んでいるからである。領土問題を巡って中国との緊張が高まる中で、TPPによって日米同盟を強化するという安全保障上のメリットがあるのだ。つまり、日本のTPP交渉参加は、経済的なメリットよりも、こうした安全保障面や、中国やEUを日本との自由貿易交渉に引き込むという戦略面からの政治的な判断なのである。
 米国の立場に立てば、日本が参加しなければ、米国にとってTPPに参加する意義は激減する。参加国を見ればわかるように、その経済規模や人口などからマーケットとして最も魅力的なのは日本である。世界第一位と第三位の経済規模を持つ米国と日本は、交渉参加国の中でも群を抜く存在だ。米国にとっては、小国のみから成る当初のTPPに参加する経済的なメリットはなかった。しかし、経済大国である自国の参加によって非参加国の疎外感を煽り、日本の参加を引き出すことによって、TPPの経済的な魅力を高めるとともに、先に交渉参加している優位性を梃子に日本の参加に様々な条件を付け、日本に農産品などの自由化を迫るのが狙いだ。このように、TPPは国益を巡って権謀術数が渦巻く高度に戦略的な交渉であり、特定分野の損得に目を奪われるとその本質が見えてこない。

譲歩することは政治的失点につながる

 TPP交渉が妥結に至らないのは、米国と日本の主張がまったく噛み合わず、合意のめどが立っていないからである。自民党は「聖域なき関税撤廃を前提にする限りTPP交渉参加に反対」を公約に掲げ、それとの整合性を確保するために、日本は交渉参加時に守るべき“聖域”を農産物の重要5品目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)と決めた。つまり、これら5品目の関税は維持するという主張である。対するアメリカは、それらの関税撤廃を要求しており、まったく譲歩する気配はない。日本は、自動車分野では米国に関税撤廃を求めつつも、米国の関税引き下げを最大限後ろ倒しにするという譲歩を見せたにもかかわらずだ。
 自分の経験では、日本は一旦交渉に入ればまとめようとして着地点を見出す努力を重ねるが、アメリカという国は強気で、経済大国である自分たちの主張が通るのは当然だと考えているところがある。かつて南北アメリカ大陸全体で自由貿易協定を結ぼうという動きがあったが、米国の強硬な姿勢で交渉が頓挫したこともある。また米国は11月に中間選挙を控え、自動車業界や農業団体からの圧力が強まり容易に譲歩できないという事情もある。日本も自民党が公約に掲げた以上、“聖域”の関税撤廃を受け入れるわけにはいかない。両国とも政治的失点を最小化するため、問題を先送りしているようにも見える。

関税撤廃は長期的視点が必要

 今後のシナリオであるが、TPP交渉が妥結できるかは五分五分と見ている。日本では、交渉が始まると妥結することが前提のように捉えられているが、TPPのような大国が参加する交渉で農産物の関税撤廃のような高度な自由化を進めようとすれば、それに伴う損失を被る者も増えることから、交渉をまとめるのが難しくなる。つまり、TPPへの高い期待と困難度は裏腹なのだ。私は日米が合意に至るのは至難の技で、TPPが空中分解する可能性は低くないと考えている。それを回避するには米国の譲歩が必要だろう。最も現実的と思われるのは、自由貿易実現のための関税撤廃を、長期的・段階的に行うというスキームだ。貿易の自由化は世界的な潮流であり、そのための関税撤廃も長期的には避けられない。しかしそれをドラスティックに断行すれば、軋轢や摩擦は避けられない。したがって、米国の譲歩を得た上で、長期的視点に立ち計画的に徐々に関税率を下げていくのが、私が考える妥当な着地点である。言うまでもなく、このシナリオ実現も容易なことではない。
 他方で、TPP交渉が最終的に妥結するという可能性もないわけではない。交渉が妥結し各国政府が協定に署名した後には、参加国での国会批准のために条文はすべて公開される。そのときこそ、TPPを巡る賛成派と反対派の主張の真偽を判断する好機となる。私が懸念しているのは、かつて国論を二分するまでに盛り上がったTPP論議が、ここへきて急速にしぼんでいることだ。TPPへの関心を持続し、公開される条文、すなわち合意の内容を国民一人ひとりが十分に吟味すべきである。TPPに関する私の社会への提言もそこにある。日本人は、政府が交渉して妥結した条約などを無批判に受け入れる傾向があるが、政治家や官僚による情報操作もあり、一定の批判精神を持つことが必要だろう。行政府は国民の負託を受けて交渉に臨むが、それを批准するかどうかを決めるのは民意を反映した国会、つまり国民なのだ。TPPが真に国益にかなうものかどうか、国民の熟慮の上の判断が求められている。我々研究者は、そうした判断の前提となる正しい情報を提供すべきだと思う。

※掲載内容は2014年3月時点の情報です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

作山 巧

明治大学 農学部准教授

研究分野
貿易政策の政治経済学
学位
博士(国際経済学), M.A.(開発経済学), M.Sc.(農業経済学)
1965年岩手県生まれ。1988年に農林水産省に入省し、外務省経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官(在パリ)、国際経済課課長補佐(WTO農業交渉担当)、国際連合食糧農業機関エコノミスト(在ローマ)、国際部国際交渉官(TPP参加協議等を担当)、内閣官房国家戦略室企画官併任(TPP国別協議チーム)等を経て、2013年より現職。
主な著書・論文
  • 「日本のTPP交渉参加の真実-その政策過程の解明-」(文眞堂・2015年)
  • 「Payment for Environmental Services in Agricultural Landscapes」(共編著・Springer・2008年)
  • 「農業の多面的機能を巡る国際交渉」(筑波書房・2006年)

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