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アベノミクスを斬る ―「三本の矢」は的を射るか、日本経済は再生するか―

  • 明治大学 専門職大学院ガバナンス研究科 教授
  • 田中 秀明

第二次安倍内閣が打ち出した、いわゆる「アベノミクス」は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」の実行によって、デフレから脱却し経済成長の実現を目指すものだ。しかしながら、その実効性に疑問は少なくない。「アベノミクス」が抱える問題と課題を検証する。

正念場を迎えた金融政策 実効性に乏しい公共事業

田中秀明教授 アベノミクスの「三本の矢」の第一の矢である「大胆な金融政策」は、2%のインフレ目標達成や無制限の量的金融緩和を打ち出したものだが、円安や景気の上向き基調など、一定の成果を上げていると評価できる。ただこれからが正念場である。消費増税等によりインフレが進む中、労働者の賃金上昇が実現しなければ、国民の購買力は低下する。日銀は市場で国債を大量に買い取っているわけだが、市中に流れた資金が貸出しに回り、企業活動を活発化させるか、企業業績の改善が賃金上昇に結びつくか、まさに正念場を迎えていると言っていい。
 第二の矢である「機動的な財政政策」は問題が多い。2回の補正予算により公共事業などの景気対策が組まれたが、効果が疑わしいものが多い。こうした景気対策は消費増税による景気の落ち込みを緩和するといった説明がなされているが、その実態は、2012年12月の衆議院選挙、2013年7月の参議院選挙で自民党を支持・応援してくれた関係各所への恩返し、大盤振る舞いといえる。
 今回の景気対策は、従来と異なり、民間経済を圧迫する可能性もある。その代表例が公共事業で、政府が公共事業を増やすことによって、人手不足、資材不足という状況が起こっている。資材や人材の不足は、それらの価格を上昇させ、結果として民間投資を圧迫することになる。これは、経済学では、「クラウディング・アウト」と呼ばれる現象だ。東日本大震災の被災地以外での公共事業の増大が復興を遅らせることにもなる。
 公共事業で道路や橋が整備され便利になれば、経済活動が活発化する可能性はある。しかし、現実には、そうしたところに投資が行われるのではなく、政治的な力によって投資効果の乏しい事業にお金が使われる。政治家による選挙区への利益誘導だ。景気対策はすぐに効果が薄れていくので、この夏か秋には、更なる対策を求める声が強まるだろう。景気対策は“麻薬”である。第一・第二の矢は、民間主導の経済成長に移るまでの一時的な対策のはずだが、現実にはそうならず、むしろ、民間が政府に依存する体質をつくることになりかねない。それでは民間主導の持続的な成長は期待できない。
 安倍政権は、アベノミクスにより経済成長すれば、財政再建も可能だと主張している。経済成長が財政再建に重要なことはそのとおりであるが、経済成長だけでは財政は健全化しない。歴代の多くの内閣が経済成長と言い続けた結果が今の財政悪化に他ならないからだ。2013年度補正予算では、一般会計の歳入が法人税や所得税を中心に3.5兆円も増えたが、それらは借金の返済には回らず、歳出増に充てられてしまった。例え、経済が好転しても、お金ができると政治は使ってしまう。景気は上向いているものの、比較で言えば、安倍政権は民主党政権と比べて財政規律が低下している。政治的な目標として高い成長を掲げることは否定しないが、予算編成や財政の中長期推計では、慎重な成長率を前提とするのが世界の常識である。将来にはリスクがあるからであり、バラ色の成長を前提とすると、難しい改革を先送りする誘因が生じる。

国の借金と個人金融資産が逆転 海外から借金する事態が到来

 周知のように日本は約1,000兆円の莫大な借金を抱え、年々その額は拡大している。これほどの借金を抱え、なぜギリシャのように破綻しないのか。それは借金の約9割超は国内でまかなっているからである。言い換えれば、日本国債のほとんどが国内で消化され、海外に頼っていないことだ。しかしそれゆえに安泰というわけではない。日本の個人金融資産は約1,500兆円あると言われているが、5~10年の間で、国の借金が個人金融資産を上回る可能性を指摘する声は少なくない。そうした事態になれば、国内に日本国債を買う余力がなくなり、海外から借金することになる。それは、海外との経済取引を表す経常収支が赤字になることを意味する。経常収支が赤字になったからといって、直ちに危機が来るわけではないが、問題は海外の投資家が日本に対して低金利でお金を貸してくれるかである。米国は、現在、経常収支が赤字であるが、経済危機になっているわけではない。それは、米国という国が持つ経済のダイナミズムや潜在的な成長性が高く評価され、海外の投資家がお金を貸してくれるからだ。翻って日本はどうであろうか。世界第三位の経済大国とはいえ、高齢化と労働人口の減少に拍車がかかっている状況だ。そうした状況で、経常収支が赤字になったときに、海外の投資家が日本の潜在的な成長力を信じてお金を貸すだろか。残念ながら、私は懐疑的である。ギリシャなど財政悪化で危機になった国に共通するのは、経常収支が赤字になり、金利が上昇し、財政赤字をファイナンスできなくなることである。

多岐にわたる「成長戦略」政策 政府は全知全能の神なのか

 話をアベノミクスに戻そう。第一の矢と第二の矢は、いずれにせよ時限的な措置である。最も重要なのが、第三の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」である。「成長戦略」は、これまでに第一弾から第三弾へと段階的に発表され、昨年6月に「日本再興戦略」としてまとめられた。また、それを具体化するための法律も、昨年の臨時国会で成立している。この成長戦略の中身は多岐にわたり、かつ膨大であり、これでもかというほどの政策が提案されている。チャレンジングな数値目標などもあり、安倍総理の強い意気込みも感じられる。政権が「成長戦略」を重視していることは確かだろうし、優れた提案もあるが、政府に成長する産業分野を決めることなどできるのだろうか。政府の文書を読むと、政府は全知全能の神であり、何でもできると考えているように思える。

低成長の原因究明、問題分析が欠落 英国にみる「成長戦略」の取り組み

田中秀明教授 「成長戦略」に感じる最大の疑問は、個別の政策が真に日本の成長に寄与するのか、よくわからないことである。たとえば、先進医療の保険外併用の範囲拡大、レセプトの電子化をすると、なぜ成長するのだろか。また、看板政策の一つとされる国家戦略特区の創設。そのアイディアは否定しないが、一部の地域のみでの規制緩和や取り組みで、なぜ国全体の成長が高まるのであろうか。他の政策においても、なぜ成長が高まるのか、疑問を抱かざるを得ないものが多くある。どうしてそうなるか。それは政策と成長の因果関係が曖昧であり、日本が成長できない問題分析が欠けているからだ。たとえば患者が、頭が痛いと訴えてきた場合、医者は頭痛の原因を突き止めて、それを取り除く処方箋を書くはずである。原因がわからない限り、病気を直せないからだ。他方、「成長戦略」は日本の経済が成長できない真の理由・原因を明らかにせずに、処方箋ばかりを書いているようなものだ。それはなぜか。成長戦略に書かれた政策は山のようにあるが、それは各省庁がこれから予算を取るためのウイッシュ・リストだからである。処方箋がないとお金、つまり予算獲得にならないのである。もっともらしく政策は整理されているが、その本質は各省庁の出したモノをホチキスで綴じたものである。予算を含めリソースは限られている。日本が成長できない問題をそれなりに明らかにし、それに優先的・集中的に資源を投入することが、「成長戦略」の本質でなければならない。
 2010年、英国が打ち出した「成長戦略」を紹介したい。まず4つのストラテジーが示された。すなわち、①G20諸国中最も競争的な税制を構築する、②英国を欧州で最もビジネス環境がよい場所にする、③より均衡した経済を作るために投資と輸出を喚起する、④欧州で最も柔軟性があり教育訓練された人材を育成する、の4つだ。それぞれの目標ごとに達成度を計測するKPI(Key Performance Indicator)(注)が導入されている。達成のための具体策は明確な日程が入った実施予定の政策であり、予算額も記載されている。要するに、日本の「成長戦略」のように、各省庁のやりたいことを羅列するのではなく、成長促進のために必要かつ実現可能な施策を示しているのである。各産業分野の競争状況や規制などについての現状分析もなされている。英国の「成長戦略」が成功するかどうかはわからないが、日本と比べて雲泥の差があることは明らかだろう。「成長戦略」のための財政出動や予算獲得のための「成長戦略」などは本末転倒なのである。

社会保障制度改革の提言 アベノミクス「第四の矢」を

 日本の喫緊の課題は、少子高齢化をいかに乗り切るかということだ。労働人口が減少する中、年金・医療を中心とした社会保障関係費用は膨張していく。それが日本の財政健全化の足枷となっていることは言うまでもない。安倍政権は、発足当時から、2020年までに基礎的財政収支の均衡を図るという財政再建目標を掲げている。しかし、アベノミクスが目論見どおり成功し、名目経済成長率3%、実質経済成長率2%を達成できたとしても、政府が試算している財政の中期見通しでは、その目標は達成できない。過去20年間の実質成長率の平均は1%未満であり、今後の10年間の成長率がこれまでの2倍になっても達成できないのである。それは、主に、社会保障を中心とした歳出の削減・効率化が不充分だからである。安倍政権は、この4月から消費税率を5%から8%に引き上げることを決めたが、今後消費税をいくら増税しても、社会保障制度の中身を改革しなければ、砂漠に水を撒くようなものである。
 安倍政権は、全体的には、この1年間、政権運営に成功している。が、それは、社会保障制度の改革、財政再建、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)など、難しい課題を先送りしているからとも言える。安倍首相は、小泉氏より長く首相を勤め、歴史に名を残す首相を目指しているのであれば、社会保障制度改革や財政再建など困難な課題に立ち向かわなければならない。そのためには、政治家が国民に改革の必要性を訴え、国民が納得しなければならない。これから2年半は、基本的には国政選挙がない。最後のチャンスであり、改革をやるならば今しかない。社会保障制度改革をアベノミクスの、いわば“第四の矢”として位置付け、安倍総理が強いリーダーシップを発揮して改革に取り組むことを提言したい。社会保障制度改革のポイントは、相対的に恵まれた人にはがまんしてもらうことである。優先順位を付け、真に必要なところに資源を投入すべきである。経済危機が来るまで改革を待つか、他国の経験を学んで自ら痛みを伴う改革に取り組むかが、今の日本で問われていることである。

(注)目標の達成度合いを計る定量的な指標のこと

※掲載内容は2014年3月時点の情報です。

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※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

田中 秀明

明治大学 専門職大学院ガバナンス研究科 教授

研究分野
予算・会計制度、公共政策・社会保障制度
学位
博士(政策研究)
略歴
1960年 東京都生まれ。
1985年 東京工業大学大学院修士課程修了。同年、大蔵省(現財務省)入省。予算・財政投融資・自由貿易交渉・中央省庁等改革などに携わる一方、国税庁、内閣官房、外務省(在マレーシア日本大使館)、厚生省(現厚労省)などに勤務。
2012年4月より現職。
主な著書・論文
  • 「中小企業のIT経営論」(同友館・2013年)
  • 「日本の財政」(中公新書、2013年)
  • 「民主党政権 失敗の検証」(共著、中公新書、2013年)
  • 「財政規律と予算制度改革」(日本評論社、2011年)
  • 他多数

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